桜が散るその日
 兄様や奏がなにを言われても、冷静を装えるように強くなったのは、斉藤さんのおかげだろう。
「そうおっしゃいますが、奥様はお化粧が苦手ですよぉ?」
「母様が?」
あまりのことに奏は手を口にやって驚いた。あの母様にそんな秘密があったなんて。母様はいつも綺麗で、凛としていて、それこそ欠点なんかない誰もがうらやむ大人の女性。そんな印象であった。確かに、母様と化粧の話を一回もしたことがない。それこそ、化粧をしている姿なんてこれっぽっちも記憶にない。
「そうですよぉ。私の母が引退するまでは、母が。今は、私が化粧をさせていただいているんですよぉ。お恥ずかしいんですねぇ。秘密だとおっしゃっていました」
秘密。母様、この人さらっと言っちゃいましたよ。斉藤さんは本物の天然です。奏は心の中でため息をついた。
 秘密があって、もしも、誰かに話したくなっても、斉藤さんだけには言ってはいけないのだと思い知らされた。いつこんな風にさらっと言ってのけるかわかったものじゃない。
 お屋敷の中で一番安全そうに見えて、一番危険だったなんて。
 綺麗な花を咲かせているのに、その茎には棘がありさらに毒が塗ってあるようなもの。もしくは、綺麗な人食い花。
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