桜が散るその日
白い世界
 真っ白い季節が、今年もまた巡ってきた。空から降ってきた雪が、地面を覆い隠す。空もすっかり雲に覆われてしまった。
 まるで、世界を綺麗に掃除してしまったみたい。全てを、白く白く磨き上げてしまったかのような世界。
 奏と桜田はその中で取り残された埃のように、寄り添っていた。
 色彩というものが減ってしまったというのに、この季節は寂しいという雰囲気をあまり持てなかった。寧ろ、綺麗と思う。
 白という色がきっと綺麗だからなのだろう。もしくは、白が他をより引き立ててくれるからだろう。
 呼吸というものは、当たり前の存在で忘れがちになっている。しかし、この季節では白という形で現れてくれる。
 桜は枝に雪を纏い、曇り空でもきらきらと光る白い花を咲かせていた。
 桜田はそれをぼんやりと眺めていた。
「あったかい」
奏はつないでいる手に少し力を入れる。彼の手から伝わるぬくもり、隣にいる存在、全てが凍えてしまいそうな奏には暖かくて、嬉しかった。
 桜を眺めていた桜田は隣にいる奏に視線を移した。
 こんなにも寒く、地面だって雪で白く覆われているというのに、2人は当たり前のように桜の木の下に腰をかけていた。
 何をするわけでもない。こんなに寒いのだから、騒ぐ気にもなれない。それに、鳥のように寄り添うだけで十分だった。
「風邪、ひかないか?」
相変わらず抑揚のない声の桜田。でも、心配してくれてるって奏はちゃんとわかっている。心からの言葉だって。
 彼はいつも奏のことを気遣ってくれる。ただ、その気遣い方が不器用でわかりづらいだけで。
 彼はおもむろに着ている上着を脱ぎだした。
 奏も桜田のそれと同じくらいに、彼の心配をしている。でも、彼はいつも自分のことはお構いなし。それに、いつも奏より先に行動を起こしてしまう。
 彼が奏に風邪をひいて欲しくないと思っていれば、奏だって彼に対してそう思っている。
 そうだというのに、奏は彼が肩にかけてくれる上着を拒もうとは思わなかった。
 これはきっと、わがままなのだろう。
 奏は、彼の優しさを感じることが嬉しい。彼の優しさを感じていられるこの時が愛おしい。彼の優しさを感じることが許されるこの空間では、奏の中の彼を心配することや申し訳ないという感情は機能を鈍くする。もう、意味をなさないほどに。
 奏では、そっと彼のぬくもりを感じることの出来る上着に触れる。
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