桜が散るその日
 確かにぎこちない音ではあったけれど、ひどいものではなかった。実際、奏はこの音に惹かれてここに来たのだから。
 自分がしてしまった失敗に恥ずかしくなり、奏は額を木の幹にすりつけた。謝罪の言葉すら喉から出てこない。何かを言おうとすれば、また失敗してしまうような気がして。
 そのことから、さらに額を強く押しつける。しかし、さらに自分がいやになって、額を叩きつけたくなって、少し幹から離した。
 その隙に、幹と額の間に割って入ってきた手。それに気づいたときは、時すでに遅しで勢いをつけた額はその手に直撃したのだった。彼は少し顔を歪めた。
 若干鈍い音がした。
 やってしまったと、パニック寸前だった。焦った。また失敗してしまった。
 恐る恐る顔を上げると、さっきの少年が何事もなかったかのような表情でたたずんでいた。
「あ、もうしわ…」
「怪我をするから。あまり近づいてはいけない」
奏の言葉を遮った少年は、軽く奏を抱きかかえ桜の木から遠ざけた。
 いったいいつからここにあって、いつから使っていないのかわからない椅子に降ろされた。アンティーク調のその椅子を奏は気に入った。
 そして、今自分が裸足なのに気がつく。慌てて足の裏を確認すると、運がいいのか汚れてはいたが傷は一つもなかった。
 ひんやりとした手が、額に当たる。突然のことに驚いたが、その冷たさに、気持ちよさを感じていた。
「痛くないか?怪我は見あたらないが」
前髪を掻き上げられて、じっと額を見られる。近い顔に、自分のしたこと。その他諸々のことが理由で奏の体温は、どんどん上昇した。そして、そうなっていくと額にある手の冷たさが気持ちよくなっていく。
「ええ。大丈夫よ」
「でも熱いな。冷やさないといけないか」
「大丈夫よ!」
この暑さはぶつけたためのものでないのだから。
 今にでも氷をもってこようとする彼の手を掴む。すると、その手は、若干熱を持っているような気がした。
 そうだった。彼の手は、奏の手の下敷きになったのだった。
 申し訳ない上に恥ずかしい。
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