桜が散るその日
「あなたこそ大丈夫なの?手が熱いわ」
「俺は大丈夫。それより、額を冷まさないと…」
またもや去っていこうとする彼。だから、もっと強く握ってやる。少し、彼の眉がよる。やっぱり痛いんだ。
「もう治ったわ」
「本当か?」
奏の前にしゃがみ込み、また額に触れる。ひんやりした手が、やはり気持ちいい。
 思わず笑いがこみ上げてしまった。きっと、この小さい笑い声は聞こえただろう。奏を見上げる彼の顔がなんだというように歪んだ。
「あなたって、優しいのね」
「なぜ?」
そっと、額に当てられていた彼の手に、自分のそれを重ねた。
「だって、手が冷たい。手が冷たい人は、心が温かいらしいわ」
それは、根拠のない迷信のようなものだった。
「…じゃぁ、あんたは心が冷たいのか?」
「え?」
「手が温かいから」
言い出したはずの奏は自分が不利になった。その上に言葉に詰まった。
 確かに、そういうことになる。でも、自分が心が冷たい人になるのはいただけない。
「それは、その…」
その次はやはり続かない。何を言っても矛盾してしまう。どうにもできないまま、慌てている奏をよそに、手の冷たい彼はおかしそうに小さく吹き出した。
 彼が笑った。さっきまで、あんなに無表情であまり表情を変えることをしなかった彼が笑った。奏は思わず目を丸くした。その顔をじっくり見ていた。
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