飛べない黒猫
真央は蓮の火傷の跡を見つめた。
そして自分の指先をゆっくり近づけて、そっと触れる。

熱湯で焼け、ケロイドとなった時の痛みを確かめるように、悲しそうな顔で見つめた。


「真央も…だよ。
お母さんが目の前で亡くなって…
辛かったと思う、すごく。」


真央の指がピクリと止まる。
そっと指を離して、その手を膝の上に置いた。


「でもね、真央のせいじゃない。
犯人は、殺そうと思って家に押し入ったんだから。
そいつが来なければ、お母さんは死ななかったんだ。
お手伝いさんって、殺されていたんだろう?
おそらく、君達が家に帰るより前に。」


真央は無言でうなずく。


「あの時、真央がいても、いなくても結果は同じだったよ。
お母さんは犯人に殺されただろう…。
だって、そいつは、人を殺すことを何とも思っていないのだから。
もしも、お父さんが駆けつけるの、あと少し遅かったら…
真央だって殺されていた。」


「…わたし…も?」


「あぁ、君も。」


当時の事を思い出しているのか、真央は無表情のまま黙りこくる。
顔色は蒼白になり目に涙をためている。



「どうしようも無かったんだ。
真央がどうこう出来る事では無かった。
俺が、父親を選べずに生まれたように、凶悪な殺人鬼がたまたま真央の家に強盗に入ったように…
俺達にはどうすることも出来ない事だったんだ。」


「…わたしの、せい…しゃないの?」


視線をあげて、蓮を見た瞬間に目から涙がこぼれた。
思い詰めた声が震える。



「真央のせいじゃ無い。
いいかい?
真央のせいなんかじゃ無い。
苦しんで、恐れて、悲しんで…ずっと繰り返してきたよね。
…もう、よそうよ。
“無事で良かった”って微笑んだお母さんは、泣いてる君を望んだんじゃないだろ。
幸せに笑う君を望んだんじゃないのかい?」

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