飛べない黒猫
その日の夜は、真央の快気祝いと、昨日取りやめになった家族での外食を仕切り直す為、青田が馴染みにしている料亭で食事をする事になった。


青田は、ことのほか上機嫌で、料亭に着くまでの間ずっと、女将とは幼なじみで気心がしれている事や、子供の頃の思い出を話していた。



古い旅館のたたずまいを思わせるその店は、引き戸を開け細い砂利道を抜けると中庭があり、それを囲むようにそれぞれの個室の入口があった。

品の良い落ち着いた外装と、中庭から聞こえてくる水の流れる音、個室の造りの高級さに蓮は思わず声をあげた。


「すげぇ…
この繁華街に、これだけの敷地。
…贅沢だよな。」


そして蓮は、心配そうに小声で真央にささやく。


「大丈夫?
無理すんなよ。
気分悪くなったら、すぐ言うんだ。」


真央は蓮の後ろにピッタリとくっつき、大きくうなずく。


「大丈夫ですよ、この店なら多少の無理は利きます。
真央、奥に部屋もあるから、疲れたら休んでいるといい。」


青田が突き当たりの襖を開けると、4畳ほどの和室に繋がっていた。

どちらの部屋にも大きな窓があり、手入れされた木々と白砂利の美しい庭が臨めた。


「映画とかでよく見る、財界人や政治家が密談するのに使いそうな部屋ですね…」


蓮が溜息と感嘆の唸りを発する。


「えぇ…この部屋は、そのように使われているみたいですよ。」


青田はにっこり微笑む。


「ははは…ですよね…」


笑うしかない。
自分には、場違いな場所のようだと蓮は苦笑いした。

4人は座椅子が置かれたテーブル席に座り、仲居が用意したお茶を啜る。


「すぐにお食事になさいますか?」


手慣れた様子でおしぼりを置き、顔見知りと思われる仲居が青田に尋ねる。


「あぁ、そうしてください。
僕と蓮くんに日本酒をお願いします。」


仲居は深々と頭を下げて部屋を出て行った。
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