飛べない黒猫
「無理言って付き合わせてしまって…すまないね、蓮くん。」


青田はワイシャツのボタンを緩め、くつろいだ姿勢をとって言った。


「いえ、急ぎの仕事ではなかったので…大丈夫です。」


「一度、2人をこの店に連れて来たかったんです。
それに、女将の千代ちゃんにも言われていてね…。
ここを使わせてもらうのは、もっぱら仕事の時ばかりで…あ、何度か洋子とは来ていたが、今度は家族を連れて来て下さいって、ずっと言われていたんだよ。」


青田の横で、洋子が微笑み、うなずく。


「蓮くんとも、ゆっくり飲みたかったんですよ。
ここなら何も気使うこと無く話せるからね。
上着を取って楽にして下さい。
食事は楽しいのが一番です。」


青田に従い、蓮はジャッケットを脱いでネクタイを緩めた。

窮屈な気負いも取り除かれて、身体が軽くなった気がした。



「失礼いたします…」


奥から声がかかり、すうっと襖が開く。


「本日は、料亭小川へようこそお越し下さいました。
女将の千代でございます。」


キリリとした物腰で指をついて礼をした千代は、顔をあげて4人を見渡すと、満面の笑みで中へと進んだ。


「洋子様、お久しぶりでございました。
勝ちゃん、本日はありがとうございました。
板長はじめスタッフ一同、心を込めてお世話させていただきます。
よろしくお願い致します…」


盆に乗せた徳利と御猪口を青田と蓮の前に並べる。
まず、青田に酌をする。


「ステキな息子さんと、可愛らしいお嬢さん。
やっとお目にかかれて嬉しいわ。
家族水入らず、ゆっく楽しんでくださいね。」


そして、蓮にむかって微笑んだ。


「お話は伺っていましたよ、パソコンの仕事をしている優秀な息子さん。
こんなに、イケメンな方だったなんて、ふふ…役得ね。
蓮さん、さ、どうぞ…」

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