飛べない黒猫
真央が家族と一緒に住んでいるように、和野だって自分の家族と一緒にいたいのは、当たり前だ。

そう考えると、これ以上、和野を引き留める言葉は言えない。


「息子さんの、具合はいかがですか?」


「えぇ…おかげさまで、退院したのよ。
もう、仕事には復帰したけれど、無理は駄目ね。
煙草は辞めたし、お酒は控えると言ってたわ。」


「和野さんの美味しい御飯食べてたら、すぐに元気モリモリです。」


真央の笑顔で、和野もホッとしたようだった。


「わたくしも、ここを離れて看病に忙しい日々を過ごしてきたけれど…
真央さんの事が気がかりでした。
食事はちゃんと取っているかしら…
寂しい思いしてないかしら…
風邪ひいてないかしら…
発作で苦しい思いしていたらどうしましょうって…
…あら、あら、いやだわ。
歳のせいね、最近、涙もろくなっちゃって。」


和野は言葉を詰まらせる。

生活環境が変わり不安定になるだろう真央を残し、和野は田舎に戻らなければならなかった。

責任感が強く愛情深い和野は、ずっと、そのことを気にしていたのだ。


「和野さんがいなくて、寂しかったけど…
洋子お母さんも、蓮も優しくしてくれるから大丈夫。
ちゃんと勉強もしてるし、お昼御飯も作って食べてる。
あのね、ステンドグラスで賞もとったんだよ。
…みんな、和野さんが教えてくれた。」


和野はハンカチを取り出して、目頭にあてる。


「わたくしは、真央さんの成長が嬉しくてなりません。
時折頂く電話で、頑張る様子をうかがって…
逆に、こちらが元気をもらいました。」


和野は涙を拭き、嬉しそうに微笑んだ。


「さあ、家に入って、私が居ない間の出来事をじっくり話して頂戴な。
真央さんのお話、それはもう、楽しみにしていたのよ。」


真央も微笑み、大きくうなずいて玄関のドアをあけた。
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