飛べない黒猫
もう、正午を過ぎていた。

ひと仕事終えた蓮が居間に行くと、青田が一人のんびりとゴルフクラブの手入れをしていた。

過ごしやすい初秋の季節。
小春日和の穏やかな週末。

夏祭りから、もうひと月が経っていた。


「あれ?…お一人ですか?」


蓮は青田に声をかけた。


「あぁ、洋子は友達との集まりがあって出かけていてね。
真央は昼食のパスタに使うチーズを買いにコンビニです。」


顔を上げゆったりと笑った青田は、また視線をクラブに戻し、丁寧に布で磨く。


最近の真央は、近所であれば一人でぶらっと出かける。
公園までの散歩、近所のパン屋、そしてコンビニ。


あれだけ大騒ぎしていたメディア関係者も、最近は全く見かけない。
嘘のようにピタリと来なくなった。

こちらとしては有り難い事だが、あまりの移り身の早さに、メディアの怖さをつくづく感じる。


当の真央本人は、我関せず…

あいかわらずマイペースで、規則正しく毎日を過ごしていた。

通信教育の教科書を開いていたり、本を読んだり。

少しの間、休憩していたステンドグラスの製作も、また再開したようで、昨日もサンルームにこもり、なにやら作業をしていた。


蓮は珈琲を入れるのに湯を沸かしていると、玄関で物音がした。

ガチャリと鍵を掛けた音の後に、カサカサとレジ袋が擦れる音。
真央だ。


その時、ダイニングテーブルに置いてあった青田の携帯が鳴った。


「やれやれ、休日に何の電話ですか…」


青田は苦笑いして、よいしょ、とソファーから立ち上がった。

蓮は、廊下に顔だけヒョイと出し、サンダルをぬぐ真央に声をかける。


「おかえり、いい天気…だ…?」


突然青田の大きな声が響き、蓮は言葉を止めた。


「本当ですかっ?」


珍しく上ずった青田の声…

蓮は驚いて、振り返った。
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