飛べない黒猫

「…真央は、母親の葬儀が終わってからも、喪服を脱ぎませんでした。
無理矢理脱がせた後も、黒やグレーの無地のものを好み、女の子らしいかわいいデザインの服を着ようとしないのです。

彼女の時間は、あの時のまま。
まだ、止まったままなのかもしれませんね…」



ドアを開け、真央が戻ってきた。

クロオはチキンの匂いに反応して鼻をヒクつかせニャアと鳴いた。

真央はキッチンからクロオの餌の入った皿を持って来て、食卓テーブルの端に設けている猫用トレイの上に置く。
そこには、もう１つお揃いの皿があり、飲み水が満たされていた。

真央の足元にピッタリと付いて歩いてたクロオは、餌が置かれると、またニャアと鳴いてから、皿の前に座り込みガツガツと食べ始めた。


「うふふ、よっぽどお腹が空いていたのね。」


洋子のつぶやきに、真央がニコリと微笑んだ。




真央が笑ったのだ。

一瞬笑って、クロオに視線を戻し一心不乱に食べている様子を見つめていた。



洋子は頬を赤らめ、驚いた顔で青田を見た。
青田も驚いた顔で洋子を見る。
２人は嬉しそうに、声を出さずに喜び合っていた。



蓮は真央の横顔を見た。

穏やかな表情。
まだ幼さの残るこの美しい少女は、どれだけの傷を負って、その痛みに耐えているのか。

母親への変わらぬ慕情。
それでも父親の幸せを願い、自分の感情を抑えて新しい家族を受け入れようとしているのか。

優しい子だ。



クロオはペロリと餌を平らげ、後退りして大きく伸びをした。
真央は、きれいにカラになった皿をキッチンに片付け戻ってきた。

そして何事もなかったかのようにテーブルにつき、食事の続きを始めた。


クロオは暖炉の前に寝転がり、のんびりと毛繕いをしはじめる。
片手を舐め、顔をこする。

以前の時のように蓮に対して警戒心を持っている様子はない。
少女と、そしてこの猫にも…俺達は受け入れられたってことなのかな。


そんな事を考えながら、蓮はクロオをぼんやりと見ていた。