飛べない黒猫
強い風が、街路樹の枝を大きく揺さぶっていた。
時折、巻き上げた風の力で、ガラス戸がビーンと細かく振動する。

夕刻になり、さっきまでの強い西日も陰り、あたりは薄暗く寒々しい。


荷物の運搬が終わり、引越業者のトラックが大きな排気音と共に表通りを走り抜けて行った。


真央は部屋のドアをそっと開けて、下の様子を伺った。
物音はもうしない。


手を胸に当てて、石の存在を確認した。
硬く、すべらかなムーンストーンが、真央の行動を後押しする。




蓮からの贈り物。



その名の通り【月の石】

古代インドでは【聖なる石】と呼ばれてた。
満月の夜に石のパワーが最大になるという。


夜空を照らす月光は、闇の悪霊を祓ってくれる守り神でもある。
優しい光沢は心を癒し、緊張感を解き放つ。




クリスマスの夜から、常に真央の傍らにある。
不意に襲ってくる、恐怖と不安から守ってくれるから。

それは、クロオや蓮の深い緑色の瞳と同じ。
魔法の目が、苦しい発作を癒してくれるのと同じなのだ。




現実にはあり得ない。
迷信、気の持ちよう。

そんなこと分かっている。



独り闇の中で、言いようのない恐怖に呑み込まれると、逃げる事は出来ない。
絶望に身を委ねて、痛みも苦しみも受け入れるしかない。

壊れて無くなりそうになる。


でも、魔法の目が自分を守ってくれる。
それが、たとえ迷信でも、気のせいでも、真っ暗な闇の中のひとすじの光になる事を、真央は知っていた。




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