望月の夜に
「変わった話でしょ?でもね、これには一応理由があるんだ」
「そうなの?」
「その話は、また今度ね?そうだなぁ……。君が霧ヶ村に来る決意をしたら教えてあげる」
「霧ヶ村?」
「あぁ、僕たちの一族が住んでる村。地図にも載ってない村なんだよ」
『秘密吉みたいでしょ?』
そう言って笑う彼は、人そのもの。
彼が人狼、だなんて想像出来ないぐらいに。
「ねぇ茜ちゃん。君に刻印を刻んだ人、狼城 夜斗っていうんだけど……すごく、いい奴だよ」
「夜斗……?」
「うん。僕は白狼だけど夜斗は黒狼でね?黒髪に赤い目をしてるんだ。厳しいけどさ、優しいんだ」
冬哉くんは、心から彼を慕っている、というように言う。
夜斗……。
その名前を、どこかで聞いたことがあるような気がした。
「人狼族ってね、一途なんだ」
「一途?」
「うん。刻印を刻んだ人以外は愛さないんだ。理由とかもあるけど、どの狼も心から刻印を刻んだ人を愛すよ。それに、絶対に他の女の子に手を出したりしないんだ」
「それは、狼の血?」
「……うん。多分ね」
嬉しそうに笑う彼。
きっと、霧ヶ村というのも悪くはないのだろう。
昨日今日会った人だけれど、冬哉くんは悪い人じゃない。
そう、思えてしまったんだから。
「刻印のある女の子は、霧ヶ村に来るべきだと僕は思うよ。女の子はね、愛でられるべき生き物だから」
「……でも」
「うん。わかってる。こっちのこととかもあるからね。大丈夫、無理強いはしないから。でも、夜斗はずっと君が来るその日を待ってるのも、覚えててあげて」
歳相応の少年の顔をした冬哉くん。
そして私に手を振って保健室を窓から出て行った。