鉛の筆
それから数ヶ月は、平穏な不倫関係が続いた。いつもの通り、いつもの場所に早苗の車を停めて、いつものラブホテルに行く。勲は、決してラブホテルには泊まらない。必ず、妻が眠る我が家へと帰っていく。

初めの頃は、よく早苗は我が侭を言った。

「眠いよ、もう少し眠らせてよ」
「いいけど、少し寝たら起こすぞ」

そんなやりとりが、よく喧嘩の種になったものだった。

だが、ある時を境に早苗は黙った。

勲と会っている時に、必ず、勲の妻から電話がかかって来るようになったのだ。勲も、早苗も、その電話がどういう事を意味するのかくらいは、わかっていた。
きちんと不倫しているかどうかの確認だ。

勲の携帯の向こうで、妻の弾んだ声が聞こえている。勲は、早苗に聞こえていないと思っているのか、それともわざと聞かせているのかはわからない。耳から外されたイヤホンから漏れる音のような、電話の相手。
「今夜は、嶋田君と飲んでるんでしょう?」
「ああ」
「あんまり勲に飲ませないでねって、嶋田君に言っておいてね」
「ああ、言っておくよ」
「嶋田君は、前はよくワインをくれたよね?」
「そうだったか?」
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