海の記憶
それは海から始まった

涙は出なかった。

瞳美は手に持っていたケータイを落とした。
そして立ち上がった。
急に立ったせいで、古い椅子は後ろに倒れ落ちた。

「どうしたの瞳美?」

彼女の友人と見られる少女が尋ねた。
その少女はわりと顔立ちが整っている。前髪を一つ残らず一本のピンでとめ、あとは後ろでまとめ、制服にはしわ一つなく、きちんと着こなしているようだ。
周りがざわつく中、その少女は唯一落ち着きをはらっていた。

「・・・っが・・・ん・・っ・・」

声にならない言葉が出た。
その少女は首をかしげている。その時、後ろできれいに結ばれているポニーテールが揺れる。

「りゅうじが死んだ」

その少女は動きを止めた。というよりも、動けないようだ。凍りついたように。

「え・・・?でも・・ただの風邪じゃなかったの・・・?」

信じられないと言うかのように、その少女は笑って見せたが、顔はひきつっていた。

「二人ともどうしたん?」

二人の友人らしき少女が、尋ねた。
二人とは違い、気があらそうな印象がある。

「なぁ、里奈。どしたん?どしたんよ」

里奈はゆっくりと振り返ると、口を開いた。

「美夏・・・りゅうじが・・死んだらしい」

その美夏という少女は声を上げた。

「はあああああ!!??だって・・・だって風邪ちゃうん!?」

美夏は青ざめた顔の里奈の手を引っ張ると、走った。

「瞳美も早く!!あんたが一番はよ行ったらなあかんやろ!!」

そう言い残すと、二人は彼のもとへと駆けて行った。

残った彼女はというと、全く動けなかった。目には光がなかった。
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