ロンリーウルフ

「おはよう、ひーちゃん」

何も知らないあたしは呑気な挨拶をする。

しかし向日葵は切羽詰まった顔で、

「またやられたよ!」

とあたしの腕を引く。

引いてこられたのは靴箱だった。

この店でやられた、と表現するのは、おおかた靴箱の靴を盗まれたときである。

「マジかぁ……」

ドレスの類いは鍵付きのロッカーに収めているが、靴は靴箱に入れておくのがこの店の通例だ。

ただし、誰でも取り出せる無法地帯。

治安の悪いキャバクラの更衣室では、こうした盗難が、しばしば起こる。

あたしの箱にあるはずの靴はなくなっていた。

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