頭痛
 秋史は記憶を頼りに、故郷の山へ足を踏み入れた。
 歩くこと二時間、まるで導かれるように迷うこともなく、真っ直ぐに滝の棲み家へ辿り着いた。


 人里離れ、自然に埋もれた秘境の地に、横穴の中に嵌め込まれたような、木造の小屋があった。

 すぐ側で滝の音が聞こえる。
 清涼感というよりは、むしろ煩いぐらいだ。


 確かにそこは見覚えのある風景だった。
 信一郎に内緒で連れられ、探検気分でやって来て、中に入った。

 あの頃は楽しかった。
 無邪気にはしゃぎ、無垢な笑顔を二人で作った。

 しかし、その信一郎はもう、この世にはいない。
 そして、今は信一郎の父親の姿を求め、ここまでやって来た自分がいる。


 秋史はカビの生えた扉をゆっくりと押し開けた。

 ギイイと引っ張るような音をたて、外の光が差し込む。

 秋史の影が、一足先に中へ入った。


 中は一転して静けさに包まれ、ひんやりとしていた。酒の瓶が散乱していたが、誰かに荒らされたようにも見えた。

 信一郎の父親の姿は見えなかった。

 息を殺して、秋史は部屋の奥へと進んだ。

 湿り気とカビ臭さ、そして滝の音が、大きくなる。
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