頭痛
「貴方は平気で嘘を並べる人。何が嘘で、何が真実なのか、貴方自身も判ってないんだわ」

「何?」

「お兄ちゃんは、貴方の許しがないと死んだりはしない。お兄ちゃんが酔って川に落ちたなんて、デタラメよ」

「どういう意味だ?」

「それに、貴方のお父さんだって、あの日、貴方と一緒に川へ釣りに行ったんじゃない?」

「あの日とは? 親父の話をしているのか?」

「貴方は嘘を付いて、隠している。貴方は自分のお父さんが川で溺れ死ぬのを、ただ黙って見ていた。頭を打って意識朦朧となったお父さんに、手を指し延べなかったんだわ。そうよ、貴方は何もしなかった。何もしなかったのよ」

「……」

「貴方の頭痛が再発して収まらないのは、全てそのせい……。まだわからないの!」

「黙れ」

 秋史は香澄の言葉に混乱した。

 急ブレーキで、車がガクンと止まった。

「何でそんなことを言うんだ」
 言い終わらないうちに、香澄の細い首に手を掛けていた。
 力が注がれ、香澄の首筋に食い込んでいく。

「何でそんなことを言うんだよ。黙れ、黙れ、黙れ!」

「……私、ずっと貴方を見ていたの。貴方は気付かなかった……かも知れないけど、私は……貴方をずっと見続けていたかったの」
 秋史に首を絞め上げられた香澄は、殆ど声にならない声で続ける。

 香澄の剥き出しの眼差しが、鋭く秋史を捉えていた。
 その両目から溢れ出た涙が頬を伝い、秋史の手の甲を濡らした。
 秋史は息をゆっくりと吐くと、香澄の首を絞め上げる力を緩めた。

「貴方が……、好きだったから。ずっと貴方が好きだったから。貴方の心に悪魔が棲みついても、ずっと側にいたかったから。──でも、貴方は離れていく。私に気付かない内に、私の元から離れていく。それが恐くて、恐くて、仕方が無かったの」

「……」

「でも、貴方の手に掛って死ねるのなら、いつだって貴方の側にいられるから……」

「だから、だから……、殺して。お願いだから、私を……殺してよ」
 香澄は諭すように懇願し、秋史に訴えた。

 香澄の瞳が、秋史のそれを捕えて離さない。

 秋史は静かに息を大きく吸うと、息を止め、再び両手に力を込めた。

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