頭痛
秋史はあの晩のことを、思い出そうとしていた。
確か自暴自棄になって、怒りに任すまま酒をあおっていた気がする。
だが、それだけではなかった。酔って下宿の側で座り込んでいた時、凪子から電話が掛ってきたのだ。
秋史は記憶を遡る。
「ねぇ、兄ちゃん。泊まる筈だったお母さんがもう帰ってきたけど、何かあったの?」
「ああ、凪子か」
懐かしい声だ。小学生なのに、大人帯ていた。
「兄ちゃんな、今、酔ってるから」
ろれつが回らない。
「お酒飲んでるの?」
「そうさ」
「最低ね。あの人と同じ事をするのね」
「何だって?」
秋史は電話を耳から離す。
「父ちゃんの事を、あの人って呼ぶな。いつも言ってるだろ」
妹の言葉が勘に触り、秋史は携帯電話に怒声を浴びせた。
「だってお酒を飲むと、お母さんに酷いことする人や」
凪子が声を張り上げる。
「酒を飲まなんだら、ええ父ちゃんやないか!」
「酒飲まへん日なんて、無かったやん」
秋史は言葉に詰まった。一瞬で会話が止まる。
「そやかて凪子には酷いことせんかったやろ」
「お母さんがあの人に殴られとったら、凪子も同じや」
秋史はまた、言葉に詰まってしまった。凪子は構わずに続ける。
「今度、叔父さんがお父さんになるんやって。叔父さんが言うとった。兄ちゃんはあの人の血が流れとるから、反対するやろって……」
秋史は堪らず避けるように、携帯電話を投げ捨てた。
◇
『兄ちゃんはあの人の血が流れとる・・・・・・』
繰り返し思い出す度に、怒りが悲しみに変わる過程を、肌で感じる。
秋史は焼け焦げた三人の醜い遺体を丹念に確認して、ひとつ、気付いたことがある。
あれほど苦しめていた、長く深い頭痛が、まるで嘘のように消えたのだ。
今は信じられないような爽快感に浸っている。
本当に全てが嘘であったかのように、吹き飛んだのだ。
秋史は心の中で、笑いが止まらなかった。
確か自暴自棄になって、怒りに任すまま酒をあおっていた気がする。
だが、それだけではなかった。酔って下宿の側で座り込んでいた時、凪子から電話が掛ってきたのだ。
秋史は記憶を遡る。
「ねぇ、兄ちゃん。泊まる筈だったお母さんがもう帰ってきたけど、何かあったの?」
「ああ、凪子か」
懐かしい声だ。小学生なのに、大人帯ていた。
「兄ちゃんな、今、酔ってるから」
ろれつが回らない。
「お酒飲んでるの?」
「そうさ」
「最低ね。あの人と同じ事をするのね」
「何だって?」
秋史は電話を耳から離す。
「父ちゃんの事を、あの人って呼ぶな。いつも言ってるだろ」
妹の言葉が勘に触り、秋史は携帯電話に怒声を浴びせた。
「だってお酒を飲むと、お母さんに酷いことする人や」
凪子が声を張り上げる。
「酒を飲まなんだら、ええ父ちゃんやないか!」
「酒飲まへん日なんて、無かったやん」
秋史は言葉に詰まった。一瞬で会話が止まる。
「そやかて凪子には酷いことせんかったやろ」
「お母さんがあの人に殴られとったら、凪子も同じや」
秋史はまた、言葉に詰まってしまった。凪子は構わずに続ける。
「今度、叔父さんがお父さんになるんやって。叔父さんが言うとった。兄ちゃんはあの人の血が流れとるから、反対するやろって……」
秋史は堪らず避けるように、携帯電話を投げ捨てた。
◇
『兄ちゃんはあの人の血が流れとる・・・・・・』
繰り返し思い出す度に、怒りが悲しみに変わる過程を、肌で感じる。
秋史は焼け焦げた三人の醜い遺体を丹念に確認して、ひとつ、気付いたことがある。
あれほど苦しめていた、長く深い頭痛が、まるで嘘のように消えたのだ。
今は信じられないような爽快感に浸っている。
本当に全てが嘘であったかのように、吹き飛んだのだ。
秋史は心の中で、笑いが止まらなかった。