薄桃の景色に、シルエット。

真昼の月-If a miracle can be caused-



 ずっと昏睡状態だったのに、昨夜急変して……可哀想に……。

 そんな話を、通りすがりに聞いた。

 噂好きな看護師達だ。よくもまあ、ナースステーションで声も潜めずそんな話を口に出来るものだ。

 そう思いながら通り過ぎ、エレベーターへ向かった。


「退院おめでとう」

「ありがとう」


 世話になった看護師が花束をくれた。私はそれを受け取って微笑する。

 出られないと思っていたのに…。

 自分を追い込んでいたのが自分自身だった事を今更ながらに知る。


「本当に良かった。この日をずっと待ち侘びてたのよ、……私」


 彼女は何かを言い含めたように一度口を閉じ、そのまま紡いだ。

 私は首を傾げながらも言及してはいけないような気がして、そのまま受け流す。


「お世話になりました」


 母親とともに深々と頭を下げる。

 そして私は、夢に見ていた外の世界へ一歩踏み出す。

 宙は青々と広がり、いつもより多く重なる雲が月を隠しているようだった。

 そんな風に月を探して、彼を思い出す。

 今どこに居るのだろう。元気でやっているのだろうか。

 ……まぁ、私の事など忘れて元気にやっているんだろう。

 と、彼の事を考えていてふと彼の事を何も知らなかった事を思い出す。

 まだ出入り口に立っている看護師の方へ駆け戻る。


「ちょ、何やってるの! 走っちゃダメよ! 病み上がりなんだからっ」

「なぁ…、彼の名前とか、知らないか…?」

「え……」

「覚えてるだろう? あの、いつも私に声を掛けてくれてた」

「……彼……の事は、私もよく知らないの。ごめんなさいね。誰かのお孫さんのようではあったんだけど」

「そうか…」


 がくっと肩を落とす私を覗き込んで、彼女は優しい顔で笑った。
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