薄桃の景色に、シルエット。
未明のマイタイム
「……そうか。単純なことだったんだ」
当たり前な事に気づいた未明、私は夏とは思えないほどの涼やかな空気を肌で感じながらボロ板に凭れた。
所々、突出した裂け目を避けながら、背を預けるにはちょうど良い場所を探る。
あったあった、この辺だ。
口にするほどのことでもなかったので心の中だけに留める。
ふぅっと息を吐いて、目の左端に映るこれまたボロ板のバス停を一瞥。
そのまま屋根に隠れていない分だけの狭い夜空を見上げた。
嗚呼、綺麗。と言いたくなるような空ではなく、道路脇に申し訳なさそうに立っている外灯の薄明かりによって分かる重く垂れ込む灰色の雲。
夜空にも使っていいとすれば、いわゆる曇天だ。
こんな、花盛りの乙女に似合う場所ではない上に夜空も曇っていては自然と口許はやや尖る。
「少しくらい星を見せてくれたってさー」
誰に言うわけでもなく(強いて言うなら夜空に向かって)私はぼそりと呟いた。
それから足を浮かせて振れば軋むボロ板のベンチ。
失礼だな、そんなに重いのか私は。
夜空のせいでついで曇った私の心の八つ当たり先は、古いベンチに向いた。
それでも気分が晴れなかったので、私は足を先ほどより大振りする。
どうだ。参ったか。
口で言ったって返って来ないのだから、心の中で言ったって変わらないだろう。
ギシッギシッとベンチが揺れる。
その音に慣れてくると、つい先ほどまで聴こえていた音が再び耳に飛び込んで来た。
鈴虫ではなさそうな虫の声と、田舎加減を象徴するような蛙の鳴き声。
別段、煩わしいとは思わなかった。
幼少より聴き慣れた声達だ。寧ろどこか落ち着く。
次第に私は足を振るのに飽いてやめた。
こうしていると世界に私一人しか存在していないような感覚に陥る。
それは寂しくも清々しくも思える感覚だった。