ダメ恋・スキヤキ編
わたしは1万円札を出し、お釣を受け取り、素早くレジを去った。

「何? なんなのよ。うらまれる覚えなど何もない」

自宅に帰ってもあの女の顔が脳裏から離れなかった。

ひと昔前のメイキャップ、はがれたマニキュア。
あまり手入れのされていない髪。
不幸せな雰囲気が凝縮されたような顔。

いっぽうでわたしは、しっかりとメイクをし、マニキュアをし、
流行のブランドの洋服を着込み、パフュームをアクセントに加えている。
カバンも財布も上質なものを使っている。
いっけん、とても裕福な雰囲気がそなわっている・・・

会ったこともない女から、
わたしは明らかに嫉妬を受けていたのだと、思った。

怖い世の中だ。
見ず知らずの人間に、特別に何かをしたわけではないのに、
こうやってうらみを買うのだから。

他人をうらやましがると、ああいう不幸せが凝縮した顔に
なるのだろうか・・・
他人をねたみ過ぎると、ああいう形相になるのだろうか・・・

わたしはオーバーに首をふりかぶった。

玄関のチャイムが鳴り、
数秒後、鍵穴に合鍵を差し込む音が聞こえた。
彼の到着だった。
「ただいま」
彼のおどける声がする。2週間ぶりの「ただいま」の声だった。

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