zinma Ⅲ
レイシアはシギから視線を外し手に持った花を見つめると、独り言のように続けた。
「……何も知らないということ以上に幸せなことはありません。
ですが私はもう世界中の人が知り得ない世界の裏側に住んでいる。
感情を代償にして。」
レイシアは花びら一枚一枚ちぎると、手の平に乗せて風にまかせて飛ばした。
「いまも、私には王家の裏側が見えてしまっているから、この街をどうしても美しいと感じられないんです。
すべてが、馬鹿馬鹿しい作り物の平和に、見えてしまって。」
そこでレイシアは振り向くと、にっこりと微笑んでいつもの穏やかな顔になった。
「あなたはシャムルにいる間はこの街を十分に観光してください。
私はいつものように調べ物をしますから……せっかくの王都、楽しんでください。」
そこでレイシアはシギの目の前まで歩いて、いくらかの金貨ををわたしながら、注意する。
「ただ、貴族たちの区画には近づかないこと。」
「それは……なぜ?」
金貨を受け取りながら聞くと、レイシアはふっと笑い、ベンチから見える王城のまわりの貴族たちの住む区画へと目を移した。
「王都までの街道でのことを覚えているでしょう?
人身売買、売春、虐殺。
貴族はなんでもやりますからねぇ。
あの区画をうろついたら何が起きるかわかりません。
気をつけてください。」
その言葉にうなずくと、レイシアは満足げに微笑んで踵を返し、去っていった。
シギはその背中を見送り、しばらくぼんやりとベンチに座っていた。
街道の騒ぎとはうってかわって、公園はとても穏やか。
数人の街の住人がゆっくりと小道を歩き、小さな子供たちが花を見てはしゃいでいるのが遠くに見える。
小道を歩いていく人たちは必ずベンチに座るシギに軽くあいさつをして、この街の平和を表しているように見えた。
思わず緩む頬に、長いため息をついて目の前の景色を堪能した。
目の前の花畑の、ほとんどがおそらくトクルーナから運ばれてきた苗が育ったもの。
ルシールの花は見当たらないが、花を見るだけであのトクルーナの景色を思い出し、穏やかな気持ちになる。
レイシアの言っていたとおりの闇がこの街に本当に満ちているのならば。
できるだけ、見たくないと思った。