zinma Ⅲ
老人は言っていたとおりに、編み目状に張り巡らされた複雑な水道にとても詳しかった。
ほとんど他の船頭は知らなそうな細い水道まで使って、近道を通りながら町中を案内してくれた。
「あ、あれはなんです?」
「ん?」
シギがある場所を指差して言う。
指の先にはガラス張りの巨大なドーム状の建物があった。
整えられた植木や噴水などのある庭のようなものに囲まれて、そこだけ特別な雰囲気を放っていた。
老人はゆっくりと船を止め、帽子を少し上げてそちらを見ると、
「ああ、あれは王立図書館だな。」
口からパイプを離し、吹かしながらそう言った。
「王立図書館?」
シギが聞き返すと、老人は水底についたままの杖にもたれるようにしながら、パイプを吹かして続ける。
「ああ。
世界中の本を集めた世界最大級の図書館だよ。
そのぶんあそこに入れるのは王室から許可証を得た数限られた人間だけ。
古文書なりなんなり、私にゃあ難しいことはわからんが、すべての知識が集められている、とか言われてるな。」
それから老人は高らかに笑い、
「だから私はあそこには入ったことがないんだよ。学なんかなくとも、生きていけるからな。」
と言うので、シギもそれに微笑んでうなずきながら聞いた。
レイシアが行きたがるような場所だ。
だが、まあ許可がないと入れないのなら、無理かもしれない。
しかしレイシアなら、忍び込んだり………
そう考えているとなんだか怖くなって、少し顔をしかめる。
その様子を見ていた老人が、しばらくして突然吹き出して笑いはじめた。
「はっは!君は本当におもしろいな。
他にない空気を持ってる。」
その老人の言葉に、思わずシギは身構えた。
「どこがそうなのかわからんが……
私は長年船頭をやってきた。船をこいだぶんだけ、人間を見てきた。
だが君は……今までの客とはちと違うな。」
「……………。」
レイシアの言葉。
自分がルミナ族であり、王都には最も近づいてはいけない存在であることへの自覚。
それを思い出し、緊張する。
「………そうですか?
まあ、このあたりの出身ではありませんし…」
なんとか平静を装った声でそう言う。
老人はひょいと眉を上げ、同時に口にくわえたパイプもひょいと持ち上がる。
「ほう。どのあたりだね。」
「クル山脈のほうですよ。」
「クル!そりゃまた遠いとこから…
ってことはキニエラの血でもないわけだ。」
「はは、まあ………」
シギがそう渇いた笑いをもらすと、老人はまた声を上げて笑い、杖を握りなおして船を動かしながら話す。