zinma Ⅲ
「そんな顔をしなさんな。
確かにこの国には部族間の差別みたいなのもあるが……気にするほどじゃなかろう。」
老人は、この年の人達独特の、どこか達観したような口ぶりでゆったりと語った。
「どの部族の出だろうが、どの血を継いでいようが、関係ないだろう。
現に私と君は実に話が合うと思わないか?
結局はお互いに人間。文化こそ違うが、頭の中は変わらん。」
「………はい。」
「ところがどうだ。
このシャムルから少し上がれば、貴族どもが踏ん反り返っている。
他の部族どころか私と同じキニエラ族だというのに、純血だどうだと高をくくっているわけだ。
おかしいとは思わないか?」
「………そうですね。」
船がきしむ渇いた音に、老人の低いが朗々と流れるような言葉が合わさり、シギの肌をなでるように包み込んだ。
きらきらと輝く水面はあくまでも穏やかで、闇を知らず、平和に暮らしているこの街の住人のようにも見える。
「まったく、私からすればこの世はくだらんことばかりだ。
あの王立図書館もそう。
他部族は基本的に出入り禁止だとかほざいている。
そんな子供の遊びみたいな区別をつけて何になるというんだ。」
そこで前を向いたまま老人が頭をかいて笑いはじめる。
「おっと、しゃべりすぎたな。
こりゃあ縛り首ものだ!はっは!こわやこわや。」
その言い草にシギもつい小さく笑っていると、老人が首だけで振り向いて微笑んだままパイプで自分の頭を軽くたたく。
「困ったもんだ。
こう年をとると無駄なことばっかりしゃべってしまってなあ。
ラムール老にも勝る口ってな。」
「ラムール老?」
老人が放った言葉に聞き覚えがなくて聞き返すと、老人は気づいたように付け加える。
「この王都じゃあ有名なお方でな。
もう80近いご老体だが、あの方以上に物を知っているものはおらん。
この世の学の塊みたいな方だよ。
あの王立図書館の管理を国王陛下から直々に任されているのもラムール老だ。」
「すごいですね!」
「すごいだよ!これが。
ここだけの話、シャムルの人間は王族よりも断然ラムール老を信頼している。
なんせさっき言ってた王立図書館の部族制限の話にも、今だ反対してくださっているからな。」
思わず王立図書館を見つめて、シギは何度もうなずいた。
キニエラ族も王家のような人間ばかりじゃないことを改めて実感した。
この老人も、ラムールとかいう人も。
この世界がこういう人達ばかりだったら、人間は争ったりすることもないんだろう。
なぜ、こういう人達の声ばかりが、権力に押し消されてしまうのだろう。