zinma Ⅲ
そんなことを考えていると、また前を向いて船をこいでいた老人が口を開く。
「ま、ラムール老が国王陛下の側近をやっていたころは、王家も今よりは人気があったんだがね。
ラムール老が側近を辞任なさって王立図書館に入られてからは、この街も王家も、めっきり落ちぶれたもんだよ。」
「側近をしていたんですか?」
「ああ、それはすばらしい手腕を持っていらしたんだ!」
老人はまた船を止めると、少し声を上げて興奮したように身振りを使いながら言った。
「このシャムルの街の美しさを見ただろう?これもすべてラムール老のおかげなんだ。
水道を整備し、街に花を配り、国王を説得してかつて料金の必要だった聖泉からの水を無料にしたのも、すべて!」
老人はそう言って水道より少し高い位置にあるまわりの町並みをぐるりと見渡した。
穏やかに微笑んだ顔には、この街の住人としての誇りがかいま見えたようで。
その横顔を見てシギも微笑む。
「そうですか………。
それは、この街の人達がラムール老を慕うのも、無理ありませんね。」
「ああ。ラムール老は我らの誇りだ。
いや、誇りだった。」
そう言ってわずかに拳を握りしめて、老人はうつむいてしまった。
船が軋む音をしばらく聞いて、シギは老人を見上げる。
「…………なぜ側近を辞められたのです?」
「…………わからん。あまりに、突然のことだった……。」
老人はそう言うと、長いため息とともに、ゆっくりとボートに腰掛け、どこか遠くを見るような目になってパイプをふかした。
「17、8年前だったかな……
突然ラムール老が側近を辞められたという知らせがシャムルに届いて……。
町中そりゃあ大騒ぎだった。
普段は騒動を起こさない街の連中も、みんなして王城まで走ってな。門を叩いて、弁解を求めたんだ。」
「それで……?」
老人はそこで、ぼんやりとした瞳を、悲しげにわずかに細めた。
「半日ほどそうしていたら、やっと門が開いた。
だが……そこに立っていたのは、ラムール老本人でいらっしゃった。
あの方は、たかが市民の我々の目の前で、深々と頭を下げられてな……。
側近を辞めたのは、自分の意志だと。自分の弱さゆえの決断だと。自分は命尽きるまで、この国に尽くすと決めていたのだが、本当に申し訳ないと、な………。
あんなお姿を見たら、何も言えんよ。」
老人はそこまで語るとと、また口をつけたパイプから吸った煙りを、ゆっくりと口から吐き出した。
煙りは美しい曲線を描きながら、真っ青な空へと吸い込まれていく。