zinma Ⅲ
老人はその煙りをしばらく味わうと、さっきの悲しみのこもった声音から、ほんの少し滞りを感じる強い口調になる。
「……それからだ。
街が廃れ、裏通りばかりが活気づき、貴族の館がその大きさをどんどんと広げていく。
この聖泉からの水も、昔よりも、汚れているように見えてな……。」
軽く手を伸ばしてボートの外の水に手をひたし、老人はまた目を細めた。
「この船を持って、早、うん十年。
この街を愛する心は今でも変わらんが、もう昔ほどの生きる気力はわかんよ。
それが年のせいなのか、この街のせいなのかはわからんがな。」
自嘲するかのように小さく笑う老人を、シギはただただ真っすぐに見つめた。
この美しい街にも、やっぱり闇はある。
それにしても、なぜラムール老は突然側近の座を退いてしまったのか。
過去の話だとしても、気になる。
レイシアは、何か知っているだろうか?
考えこむような顔をするシギを、老人は眉を上げてしばらく見つめ、また声をあげて笑った。
「はっは!そんな悩まんでくれんか!
過去の話。いまさらどうにもならんことだ。
まあ、長々と昔話をした私が悪いんだがな。」
よいせ、と声をあげながら、今だ笑いつつ立ち上がる老人に、少しシギは顔を赤らめる。
「すみません……。ついラムール老のことが気になってしまって…。」
「ほぉ〜。なかなか勉強家なんだな。」
老人はそう微笑んで、またパイプを口にくわえると、杖を握って船を進めはじめた。
「ラムール老なら必ず毎日あの王立図書館にいらっしゃる。
入館許可書さえ手に入れば、いつでもお会いできるんだが……私には死ぬまで無理だな。」
「そうですか……じゃあ私も無理です。」
「なんと!諦めが早いな。」
また笑い出す老人にシギも少し笑うと、老人は背中の向こうからプカプカと煙りを規則的に飛ばしながら、言う。
「こういう無駄話を聞いてもらうだけでも、私みたいな老いぼれにはありがたいことでね。
君を乗せて本当によかったよ。」
「いえ、こちらこそ………」
と、そこでシギが突然言葉を止める。
「ん?どうした?」
老人が不思議そうにシギのほうを振り向くが、シギはどこか遠くを見つめて黙り込んだままだった。
思わず首を傾げる老人をよそに、シギは自分の鼓膜に直接響く声に、耳を澄ませた。