zinma Ⅲ
「………まあ、最近聞く変な噂っていうのはそんなもんだ。」
酒場の主人が言う各地の情報を頭に叩き込みながら、レイシアはふむとうなずいた。
「やはり『神秘地』についての情報は少ないんですね。」
「ああ……。
東は………本当に不気味だ。」
コップの水を飲み干すレイシアを一瞥して、主人はうつむいて長いため息をはいた。
「あっちの地方にも小さな村はいくつもあるはずなんだが、情報どころか連絡もまったくない。
最近じゃあ、わざわざ東に情報収集をしに行くやつもめっきり減ってな……商売上がったりだよ。」
またため息をはいて、もう何個めかわからないコップを丁寧にふく主人を一度見上げ、レイシアは空になったコップの底を見つめた。
この世界は主に、『北の山』、『東の森』、『西の丘』、『南の砂漠』の4つの地域に分けられている。
その中心にあるのが王都だ。
そのひとつ、東の森の地方は一部の人間たちから『神秘地』と呼ばれているほど、謎につつまれている。
というのも、他の地域から東に行くためには必ず通らなければならない『秘密の森』と呼ばれる広大な森があり、その森が、行く手を阻むのである。
一見、その森は、なんの変哲もないように見えるのだ。
濃い霧が満ちているわけでもなく、獣が多いわけでもない。
ただ、他よりは少し、静かなだけだ。
ごくまれに、『秘密の森』から帰ってくるものがいる。
だが、そのみながみな、狂っているのだ。
何かに怯えるようにガタガタと震え、ひたすら自分の爪を噛み、譫言のようにぶつぶつと何かを言うのみ。
レイシアは、シギを探している旅の道中で、一度だけそういう人間を見た。
彼は、何を話しても聞こえない。
部屋の隅に縮こまって、ただ繰り返していた。
『神の地に踏み込んではいけない。
我々は許されていない。
許されているのは彼らだけ。
行けない行けない行けない……』
その人間の姿を思い出して、レイシアは少し顔をしかめた。
『西の丘』と呼ばれる西の地方には、もともと神がいるという伝説が伝わっている。
『西の丘』の名物にもなっている、年中止むことのない風には、神の力が宿っていると。
レイシアは、『東の森』にも、そういった神の力が宿っているのではないかと踏んでいた。
というよりも、各地方の別名が、かなり古くから伝わっているということが何よりも気になる。
『北の山』は、『幻の天界』
『東の森』は、『秘密の森』
『西の丘』は、『神鶏の庭』
『南の砂漠』は、『豪手の領地』
これにはすべて、神が蔓延っていた時代からの、名残なのではないだろうか。