zinma Ⅲ
主人はまたトラガー石をエプロンのポケットに入れると、コップを洗いながら笑う。
「あんた、若いのになかなかわかってるじゃねぇか。
まあ、できればトラガー石をぼったくるだけぼったくるつもりだったが、これはこれでおもしろい。」
「…………。」
「ふん、あんただけは敵にまわしたくないもんだ。」
さっきよりもずっと機嫌のよくなった主人に笑い、レイシアは視線で主人にうながす。
すると主人はどこからか小さな古ぼけた手帳のようなものを取り出し、レイシアの目の前に放り投げる。
レイシアはその手帳を受け取り、パラパラとページをめくって目を見開いた。
「これは…………」
「ああ。東からの使いが来たときの記録だが……」
「この最後の日付……8年前ですね……。」
記録は、確かに8年前で途切れていた。
その情報を頭に記憶していると、主人は素早く手帳をまた片付け、小声で続ける。
「8年前ってのはな、情報を商売にしてるやつらの中では、かなり臭う年だ。
いろいろおかしなことが起きてる。
これは何かあったと情報を集めてはいるが……なかなか当たりが出なくてな。」
「8年前、ですか。」
「ああ。ぱったりと東と連絡が取れなくなったのもそうだが、いろいろ、な………。
だが、どれもほぼ同時に起きてやがるから、どの事件が、そのきっかけになっているのかわからん。」
「そのいろいろ……っていうのが何かは、教えていただけないんですか?」
レイシアがじっと主人を見ていると、主人はしばらくして呆れたようにため息をはいて拭いていたコップを置くと、口を開いた。
「ったく、しょうがねぇな……
少しだけ、教えてやるよ。
お前、ゴルディア族は知ってるな?」
片眉を上げてそう聞く主人に、レイシアはうなずいた。
「南の部族ですね。
王家とは相当………」
「そう。相当、仲が悪いな。
ゴルディア族の反乱はここ100年以上、ずっと続いてきた。
だが8年前、ゴルディア族が突然一気に優勢に立った。」
その言葉にレイシアは思わず目を見開いた。
「え………ですが、つい最近王家から宣言が出たでしょう?
ゴルディア族の反乱がついに鎮圧できそうだと……。」
「そう、出たんだ。最近な。
だがあれは真っ赤な嘘だ。王家の最後の意地というかなんというか……
南に兵を集中させることを不審に思わせないための、布石ってやつだな。」
「嘘………。」
衝撃の事実に、レイシアは思わずうつむいて言葉を反すうした。
王家は確かに公に発表したのだ。
つい1年前ほどだったか、旅をしているレイシアの耳にも届くほどの、大宣言だった。
終わりがないと言われていた反乱が、ついに納まると思っていたが……