zinma Ⅲ
レイシアはもう一度シャツの上から小石を強く握りしめた。
8年前。
それが世界の混乱のはじまりであることは確かだ。
しかし、それがニンゲンの文明の転換期なのか、はたまた自分たちの『コチラ側』の転換期なのか、それは今の情報だけではわからない。
だが逆に言えば、ゴルディア族の力の拡大も、西の大飢饉も、『呪い』の力であるとすれば、すべての説明がつくのだ。
そういうことならば、あの村も危険だ。
「…………どちらにせよ、王家が何か握っているのは確かですね。」
レイシアがそう低くつぶやくと、主人はレイシアを怪訝な顔で見つめた。
「……あんた、何しようってんだ?
確かに王家はここんとこの混乱のことは何掴んでんだろうが……
手を出せば消されるぜ?」
「そうでしょうね。
国家機密に触れてしまったら、あの秘密主義の王家は何をしでかすかわかりません。
今までに王家に消された情報屋がいったい何人いたか……
ですが。」
レイシアは目の前のカウンターに置いてあったワインのビンを手に取り、手元のグラスに注いだ。
なめらかな凹凸の氷が、音をたてて傾く。
ワインの入ったグラスを目の高さまで持ち上げ中を見つめて、レイシアは不思議な笑みを浮かべた。
「私には手を出せませんよ。」
怪しいものを見るように目を細めてレイシアを見つめる主人ににっこりと微笑んで、レイシアはグラスに口をつけた。
主人はしばらくその様子を見つめてから、呆れたようにため息をついてカウンターの下に消えると、すぐに顔を出してレイシアの目の前に一枚の紙を置いた。
「これは?」
レイシアが主人を見上げると、主人は顎だけでその紙を指し、小声で言う。
「王城の中の見取り図だ。
どうやって王家にちょっかい出すかは知らねぇし聞きたくもねぇが、そいつは役に立つだろ。」
レイシアはそれに礼を言って、素早くシャツの裏側のポケットに見取り図をしまった。
「ありがとうございます。
これで下見の手間が省けました。」
「下見?あんた何回王城に忍び込むつもりだったんだよ。」
「あはは、まあ、なんとかなるかと。」
「ああそうかいそうかい。だが王家の聖騎軍をなめんなよ。
そんだけの自信があるんなら無駄な心配かもしれねぇが……」
そこでレイシアはグラスを持ったまま、なんでもないようにどこからかナイフを取り出し、振り向くことなく無造作に左に向かって投げた。
ナイフはすごい速さで飛び、店の隅にあった酒のビンをひとつ割った。
さすがに騒いでいた客たちも、一瞬黙ってしまう。
主人がそれに言葉を失っていると、また騒がしさを取り戻した店の中で、レイシアがワインにまた口をつけて静かに話す。