zinma Ⅲ
詐欺の武器
シギは宿へと足を進めていた。
さっき入ったこと街路の途中にある路地裏へ入ればその先に宿があるのだが、この街路は商店街になっているために人混みが半端ではなかった。
ほとんど人混みに流されるようにして歩いていく。
それにシギはこの街路に入ったことを少し後悔しながら、だがこの近くの水道まで船で送ってくれた船頭の老人に心の中で感謝した。
老人はシギを船に乗せてシャムルを案内していたのだが、突然宿に戻ると言ったシギに少し驚きながらも、また会おうと言って送ってくれたのだ。
シャムルの町並みを老人と観光していたとき、突然レイシアの声が聞こえたのだ。
水道に浮かぶ船にはシギと老人しか乗っていないはずなのに。
魔術だ。
この世界で魔術が使えるのは、シギとレイシアの2人だけ。
それも『選ばれしヒト』であるレイシアは、ありえない量の魔力をその身に宿しているために、呼吸をするかのように自由自在に、そして強大な魔術を使うのだ。
さっきの魔術からもそれがわかる。
レイシアはさっき、空気の振動を操る魔術を使った。
そうすることで、遠くにいるシギに、そしてシギにだけ、レイシアの声を届かせた。
だがそれだけならシギもその魔術を使うことができるのだ。
だが、いまレイシアに声を返すのは無理だ。
距離が遠すぎるうえに、人が多すぎる。
かなり遠い距離の、それもごった返す人混みの中からレイシアの気配を探し出し、そして正確にそのたったひとりの人間に声が届くように魔術を駆使するのは非常に困難、というよりも不可能なのだ。
だが、レイシアにはそれができる。
そこでシギはやっと宿に向かう路地裏に入ることができた。
一息ついてから、また宿へと向かって駆ける。
『観光中申し訳ありませんが、急いで宿へ戻ってください。
やらなければいけないことが、できました。』
いつもの静かな声で届けられたメッセージを思い出し、シギは少し顔をしかめた。