zinma Ⅲ
宿の部屋にレイシアはいた。
窓際にいすを寄せ、肩肘を窓枠について頬杖をついていた。
静かな路地裏にある静かな宿の静かな部屋。
「急に呼び出して、すみません。」
シギのほうを振り向いて申し訳なさそうにそう微笑むレイシアに、シギは小さく会釈するだけで応え、ベッドに腰かけた。
「それで、やらなければいけないこととは?」
そう切り出すと、レイシアは懐から取り出した紙を床に投げ捨て、なんでもないかのように言った。
「軍に、手を出そうかと。」
静かな部屋にやたら響くその言葉に、シギは目を見開いて固まる。
「………軍、ですか…?
ですがそれは………」
「危険ですねぇ。」
動揺したままのシギの声を遮ってレイシアは笑う。
「ですが、それがなんなんです?
軍は確かに危険です。
手を出したら何をされるかわからない。
酷いことを簡単にする人たちですから。
ですが……」
そこでレイシアは言葉を止め、小さく口を動かすと、床に落ちた紙を指差す。
するとそれに従うかのように、紙がふわりと浮き上がって、シギの手元に飛んできた。
「彼らは人間です。」
紙を受け取ってシギが少し顔をしかめると、レイシアはまた少し笑ってから続ける。
「そうでしょう?
彼らは人間。私はちがう。
いえ、もしかしたら軍はすでに人ではない力に手を出しているかもしれません。
だからこそ、一刻も早く軍に入り込まなければ。
彼らが『コチラ側』に足を踏み入れれば、神は人間を許しはしないでしょう。」
何も知らないものが今のレイシアの言葉を聞いたら、気が触れたのか、と思うかもしれない。
しかしシギは、同じくレイシアのいる世界に入ってしまったシギは、いつもの無表情に戻って聞き返した。
「しかし、軍の動きを止めることはできないのでは?」
「そう。確かにそうなんです。
だから、私たちは軍より先に『呪い』を回収しなければならない。
しかし、それに必要な情報のすべてを軍が握っているんです。」
レイシアは片手を動かして、シギに紙を開くようにうながした。
それにシギは、受け取った折り畳まれた紙を開く。
「王城の見取り図です。
今夜明日とすぐに行くことはできませんが、そのうち忍び込みます。
それまでにその見取り図を頭に叩き込んでください。」
「城の………。
師匠は…」
「もう覚えましたよ。」
「なるほど。」
しかしシギはわずかに震える自分の手を無視することはできなかった。
無知な自分にはわからないが、しかし世界を統一しているだけの力を持つ国の中心に、これから喧嘩を売ろうというのだ。
怖がらずには、いられない。
それに………