zinma Ⅲ
過去の記憶
「石造りの建物というのは便利ですね。」
上から聞こえてくるレイシアの声に、シギはうなずくだけで返した。
2人はいま空中に浮いていた。
正確には壁に張り付いていた。
宿舎の見張りの兵を追い払ったはいいものの、堂々と宿舎の中を歩くわけにもいかないので、2人は宿舎の壁をよじ登っていたのだ。
なんの突起もない真四角の宿舎には、手を引っ掛けるような物は宿舎を造っている石の隙間だけだ。
ほとんど不可能な話なのだが……
「それにしても兵士のみなさんも夜遅くまで大変ですね。」
まったくその状況を感じさせない余裕そうなレイシアの声に対して、シギは息が上がって声を出せないでいた。
2人は黒装束の中に持っていたナイフを両手に持ち、石と石の隙間に突き刺しながら上っていたために、もうかなりの高さまで来た今となっては、シギにはかなり疲労が溜まっていた。
さらに、
「………っ!」
さきほどから止むことのない頭痛が、シギの疲労に拍車をかけていた。
シギの少し上を進むレイシアは、疲れるどころか右手のナイフひとつで身体を支えていた。
空いた左手を目の上に当て、遠くを見るような仕種をしている。
「ん、日の出までまだまだのようですね。
これならなんとかなりそう……」
とそこまで言ったとこで、レイシアが異常な汗をかくシギを見て言葉を止める。
「……あなた、まさかまだ頭痛が?」
そう聞く言葉にも、シギは声を返せない。
それにレイシアが少し怪訝な顔をしてから目を細める。
「………気を確かに持ってください。あなたはきっとこのあと…」
とまで言うのでシギが首だけそちらに向けようとすると、突然シギの身体がふわりと軽くなる。
見るとレイシアが空いていた左手をシギに向けている。
「……ありがとう、ございます…」
切れ切れの息でシギがそう言うと、レイシアはひとつうなずいて、
「このほうが早いですね。」
と言って身体を支えていた右手をナイフから放した。