zinma Ⅲ








顔を洗いに行っただけなのに、ずいぶんかかってしまった。



この宿舎では、もちろん食堂や水道は兵士全員で共同である。

顔を洗っているところを給仕長である初老の女官に見つかったのだ。

兵士からも母のように好かれている世話好きな彼女はいまも、働きすぎだとかちゃんと食事をとれだの言って、結局は夜食を無理矢理食べさせられてしまった。



「まったく、これから寝るっていうのに物を食べたら胃がおかしくなる。」


そうつぶやきながら小さく笑った。




宿舎の廊下は静まりかえっていた。



そこをゆっくりと歩きながら、最上階の奥にある自室へ向かう。


仕事部屋の奥にある寝室は、一度仕事部屋に入らなければならない作りになっているのだ。






部屋のドアが見えてきたところで、足を止める。


腰に常備してある剣にすっと手を伸ばす。



だれもいないはずの自室。

しかしいま、その部屋から人の気配が感じられる。



人数は……

「一人、か………」

そうつぶやいて、もう一度確認する。



一瞬ふたり分の気配があったようだが、やはりいまは一人分しか気配がない。

一人はこちらに気づいてすばやく逃げたのか、はたまたはじめから一人だけだったのか。

わからないが、とにかく今は一人。


その気配も一瞬逃げるそぶりをみせたが、なぜか立ち止まったようだ。



逃げない、ということは、

「暗殺者か……?」

そこでもう足を進める。



あちらがもう気配を絶つことなく待っているのならば、下手な作戦は必要ない。


ただ、迎え打つまでだ。




一瞬で部屋までの距離をつめ、その間に腰から剣を抜く。


甲高い鉄のすべる音がする。




ゆっくりと、ドアを開いた。












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