zinma Ⅲ
その手には小刀が握られていた。
そのつかは革でできているようで、使い古して擦り切れた汚れの合間から、施された独特の刺繍が見えた。
その刺繍を見た途端、またシギは頭が痛み出すのを感じる。
その痛みに、シギは頭に浮かぶ光景に声を震わせながら聞く。
「それは………?」
ダグラスはそれをシギに手渡して言う。
「カリアからもらった物だ。
カリアが私の目の前から消える前に、私にそれをくれた。
それは君にあげよう。
きっと君のことを守ってくれる。」
それを聞きながら、シギは刺繍をゆっくりと指でなぞっていく。
確かに母さんの物だ。
自分の頭の中の母さんの記憶が、それを教えてくれる。
「その小刀とともに、カリアが私にくれた言葉を君にも授ける。
それは絶対に使うんじゃない。
それは人を殺す力だ。
その小刀を持つことによって、君は力も手に入れるが、同時にそれを使わないことによってその力を封じることができる。
絶対に、使わないでほしい。」
そこでダグラスが穏やかな笑みに変わって答える。
「約束してくれるかい?」
それにシギはうつむいて小刀を見つめたまま、それを握りしめる。
シギの意思を読み取ったようにダグラスは満足げな笑みをこぼす。
しかしシギがそこでうつむいたまま、つぶやく。
「……あなたは、約束を守れたんですか?」
うつむいたまま、視界の端でダグラスが動きを止めるのがわかる。
シギはより強く小刀を握って、もう一度聞く。
「どうなんです?」
するとダグラスはしばらく黙り込んだあと、静かに言葉を紡ぎはじめる。
「……その小刀は、一度も使ってない。
ずっと、机の引き出しにしまっていた。
こんな、王家や貴族からの命に従って村狩りをして、人を殺し続ける私のことが、後ろめたかった。
その小刀を持っていると、カリアに見られているような気がしてね……
約束は、破ったのと同じだよ。」