zinma Ⅲ







「クトル……………」



レイシア書類を見たまま小さくつぶやく。

ほんの少し、書類を持つ手に力をこめる。



それに書類が音をたてるので、はっとして書類を懐へ戻す。



深くため息をついて草原に仰向けに倒れ込む。

そして目を閉じてから、白いシャツの胸元に手を入れて、見えないようにかけていたネックレスを取り出す。


そこには手の平大の石がついていた。


黄緑色にあわく輝く石。
研磨されていない原石。



それを握りしめながら、レイシアは過去のことを思い出していた。



どんどん記憶をさかのぼる。




シギに会ったときのこと。

師匠たちを殺したこと。

師匠たちに出会ったこと。

その出会った森。

そして、





懐かしい、あの、クトルの村。













クトルはレイシアが幼いころ、2年をすごした村だった。


レイシアの記憶の中で、最も、そして唯一幸せな記憶を重ねた村。



人間であるということを実感した日々だった。




そこでレイシアはこの石を手に入れたのだ。


大好きだった少女に、もらった石。


誕生日に、少女がくれたお守りだ。



レイシアがこの石を身につけるのは、自分が人間であったことを忘れないためだった。


人間であることを忘れ、ただの恐ろしい力を身に宿した化け物になってしまわないように。



感情を失ったレイシアにとって、人間である要素はもうこの身体の形と、この石だけなのだ。

中身は化け物。
心もない。



それでも生きていけるのは、頭の中で騒ぐ『選ばれしヒト』の声と、そして彼女との約束だった。



必ず、帰ってくる。



『選ばれしヒト』の運命を受け入れた時点で、幼いながらそれが不可能だとはわかっていた。

レイシアが旅を終えられるのは、この『選ばれしヒト』の使命を果たしたあと。


しかしレイシアが行き着く最後は、もう定められていた。

それが、『選ばれしヒト』の義務だから。




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