zinma Ⅲ



しかし彼女との約束は、少なくともレイシアに前に進む力を与えていた。


たとえ帰れなくても。
たとえ最期が決まっていても。

それでもいつか、生きてさえいれば、帰れるのではないかと。


また、人間になれるかもしれないと、淡い期待を抱いて。










しかし、そのクトルが、全滅したのだという。


生き残りは、いないのだという。




それも………









任務完了報告書の下に書かれた日付は、8年前だった。



もう17になったレイシアは、9年前にその村を出た。


あの少女の約束を夢見て、ずっとすごしてきたのだ。


しかし村を出た1年後に、村は消えていた。



もうこの世から消えた村に、この8年間思いをはせていたのだ。

馬鹿みたいに。





そこでレイシアは、少し口の中に鉄の味がするのを感じる。

手で口元を触ってみると、いつの間にか口が切れていた。


身体が勝手に動いて、いつの間にか自分の唇を噛み切っていたらしいことに気づく。



「………ははっ。」


それにレイシアは自嘲するように笑う。



感情を失ったレイシアの心は、もうクトルの消滅にも、何も感じていなかったのに。


身体が勝手に反応するのだ。


まるでまだ人間の心が残っているように。



不思議な話だった。



身体が勝手に動くのも。

この石をどうしても手放せないのも。




「これは重症ですねー。」



余裕そうにそうつぶやいて、レイシアは立ち上がる。


そしてまだ血のにじむ唇をなめて、微笑む。





ある方向を向いて、小さく笑う。


いつか、行ってみたかったのだ。

いつか行って、そして目茶苦茶にするのをずっと夢見ていた。


それに『選ばれしヒト』ではなく、吸収した自分の中の『呪い』がざわつくのがわかる。


少し暗がりを持ったレイシアの心に反応する。




それをうまく抑えこみ、堤防を上って街路へと戻った。


あの場所へ行く前に、行く場所があった。





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