zinma Ⅲ
「………なんなんだ………何が起こっているんだ………っ」
ドープが震える声でつぶやく。
ダグラスも同じ気持ちだった。
目の前で起きている出来事は、すべてが夢のようだ。
いや、夢であってほしかった。
破壊された部屋と、ところどころで燃え盛る炎。
倒れる兵士たち。
まるで地獄のようなその光景の中心に立つ、悪魔のような黒い少年。
その彼をなだめようとしているかのような、石像と、炎の女神と、風。
ダグラスはここでやっとわかった。
彼は踏み込んでしまったのだ。
人でない世界に。
人の世界の裏側で、密かにはびこっていた、神たちの世界に。
一度知ってしまえば、もう戻れない。
戻ることを許されない。
「……あぁっ……あ………」
レイシアが血を吐きながら、うつむく。
真っ黒になった髪が垂れる。
黒い血管が大きく脈打つ。
その様子は収まる気配がなかった。
まわりでなだめようとするかのように静かに立つ女神たちも、それ以上はできないようだった。
レイシアはまるで自分の中から別の生き物が現れるのを抑えるているかのようだった。
血管の脈動を力付くで抑え、それに耐え切れず血を吐く。
「…………くそっ!」
そこで突然ドープが立ち上がり、窓の外へと飛び出して行く。
やっと元の冷静を取り戻したのだろう。
非常にまずい事態だった。
このままでは、レイシアも動くことができず、女神たちも彼のもとを離れようとしない。
ドープが兵を連れて戻って来れば、この光景をたくさんの人間が見てしまう。
たくさんの人間が、この恐ろしい世界に踏み込んでしまうのだ。
しかしダグラスにはもう打つ手がなかった。
目の前のそれはもう人間の世界から乖離しているのだ。
人間のダグラスにできることなどあるはずがない。
目の前で血を吐く黒い天使を見ながら、ダグラスは途方に暮れていた。