zinma Ⅲ
その不思議な声を放って、『選ばれしヒト』はゆっくりと右手を空へと伸ばす。
するとその指先黒い霧が現れ、分散して消える。
「今のは…………」
ダグラスがそうつぶやいて目を細めると、
どくん。
またあのときのような大きな鼓動が大地を揺らす。
林がざわめく。
大きく鼓動を打ちながら、『選ばれしヒト』がふわりと浮き上がった。
人一人分浮き上がったところで、止まる。
地面に普通に立っているような姿勢で、空を見上げている。
ダグラスにはレイシアの横顔が見えた。
長いまつげのある瞳はいまは静かに閉じられていて、本当に天使に見えた。
『選ばれしヒト』が、目を開く。
瞳は、真っ黒に塗り潰されていた。
『選ばれしヒト』が目を開いた途端、分散していた黒い霧が、四方八方からすごい勢いで集まってくる。
風は吹いていないはずなのに、ダグラスの身体まで持っていかれそうな感覚になる。
「くっ………。」
ダグラスがそれにシギを支えたまま腕で顔を覆う。
突然林のざわめきが止まり、ダグラスはゆっくりと目を開ける。
ダグラスが湖を見ようとすると、それよりも先に、
『聖霊召喚。』
ダグラスに身体を預けていたシギが、あの夜よりも小さな聖霊を呼ぶ魔法陣を発動する。
シギがゆっくりと魔法陣の先へ、指さす。
それにダグラスも前を見ると、湖の上で浮いていたレイシアがいつの間にか光を失っていて。
瞳を閉じて空を仰ぐ姿は、気を失っているように見えた。
ダグラスがレイシアを見た途端、レイシアが浮力を失って下へ落ちる。
「レイシ…っ。」
思わずダグラスが動こうとするが、レイシアは湖に落ちる直前でふわりと落ちるスピードを落とし、またさっきのように湖の上に立つ。
うつむき、垂れたプラチナ色の髪のすき間から、ゆっくりとレイシアが目を開くのが見える。