zinma Ⅲ
レイシアは部屋に荷物を置くやいなや、買い物へ行くと言ってコートを着たままさっさと出ていってしまった。
シギはそれに動じることなく荷物を置き、ベッドへ越しかけて何やら魔術の練習をはじめる。
ダグラスは少し拍子抜けしたようにしばらく呆然としてから、同じようにコートを脱いでベッドへ越しかけた。
「レイシアはいつもあんな感じなのか?」
そうダグラスが声をかけると、シギは魔法陣を描いては消していた手を止め、向かいのベッドへ座るダグラスを見つめる。
「あんな感じ、とは?」
それにダグラスは困ったように顔をしかめて言う。
「いつも飄々として、すべてのことに無関心。
自由奔放に行動して、シギや私のことを守ったり放っておいたり。
全くレイシアのことは掴めない。」
そう言ってダグラスはベッドから立ち上がり、部屋の隅の備え付けの水道へ向かう。
シギはその背中を見つめながら、無表情な顔を少し緩める。
「……そうですね。
師匠はいつもあの様子です。
周りに興味がないのも確かですね。
師匠は心がない故に、何を見ても、何を聴いても、師匠の中に残るのは、見た聴いたという事実のみ。」
ダグラスは水道の蛇口に手をかける。
「事実のみ、か………
どんな感じなのか…。
まあ、あのレイシアの顔を見ていれば、どことなく想像はつくな……。」
ダグラスはそう言うと、蛇口をひねって顔を洗いはじめる。
静かな部屋に響く水の音を聞きながら、シギはゆっくりと話す。
「……師匠は、本当に選ばれた『選ばれしヒト』なんでしょうね。
師匠は感情を捨てたから、完璧に人間の世界とは掛け離れた存在になった。
感情を捨てたから、人間の汚い欲望に犯されたりもしない。
人間の面倒な感情の起伏もない。
だからこそ師匠は、今までの『選ばれしヒト』のうちのだれよりも、美しい存在になった。」
それにダグラスが顔を上げて、タオルで顔を拭きながらシギを真摯な眼差しで見つめる。
その視線を受け止めて、シギはどこか悲しげに微笑む。