zinma Ⅲ
「師匠は感情を捨て、『選ばれしヒト』として生きることを選んだ。
人として生きることを捨てた。」
シギはそこでおどけるように肩をすくめると、小さく笑う。
「話は反れましたが…
私にも今だに師匠が何を考えているかはわからないんですよ。
ただ………」
「ただ?」
ダグラスは顔を拭いてベッドへ戻りながら聞く。
シギはダグラスがベッドの縁にまた座ったのを確認すると、続けた。
「ただ………
王都での出来事で、師匠が少し変わったのは確かです。」
それにダグラスはかすかに顔をしかめる。
レイシアは王都で、彼と向かしから因縁のあったというドープ元帥への怒りが爆発し、彼の中の『呪い』がその怨みの心に反応して暴走したのだ。
ダグラスは今でもあの光景を思い出すだけで背筋が凍りつく思いがする。
それほどあのときのレイシアは、恐ろしかった。
まさに神の世の存在。
ダグラスが足を踏み入れた世界の、象徴ともいえる存在だったのだ。
「……変わった?
それはどんなふうに?」
シギはそれに少し目をふせる。
「………以前よりも、さらに人間味がなくなったような気がします。
もう、師匠の瞳の奥には何も見えない。」
そしてシギはズボンのポケットをあさりはじめる。
取り出した手には、手の平大の黄緑に輝く石が握られていた。
「それは……」
ダグラスは少し目を見開いてつぶやく。
レイシアが暴走したあの夜。
レイシアは首にかけた黄緑の石を取り、ダグラスとドープ元帥へと見せて、言ったのだ。
『私のことを、私がだれであっても、信じてくれていた人がいたんですよ。
師匠たち以外で。』
石を強く握りしめていた。
『彼女が……
彼女の存在が、私が人間の世界と繋がっていられる唯一の鎖だった。』
「……なぜ君がその石を?」
ダグラスはそれを思い出しながら、静かにそう聞いた。