zinma Ⅲ
マーガットの気配が、早足な靴音と共にどんどんと遠ざかっていく。
そこで。
赤い印のついた柱の一部が、突然丸く盛り上がる。
まるで泥のように溶けた石から、この暗闇でも輝くプラチナ色の頭がずるりと現れる。すぐさまその次に、色白の手、足、胴体もそこから現れて。閉じられていた不思議な色合いの瞳が、マーガットの消えていった暗闇の先をすっと見据える。
彼が柱から完璧に出たところで、柱の形を保ちながらも、どろりとしていた石からまた何かが現れた。
泥の塊のようなものが柱から分離したかと思うと、その塊がすぐに女の形になる。
「どうやら、行ったようですね。」
レイシアだ。
レイシアが静かにそう言うと、まるで謙遜するように泥でできた女が一列する。それにレイシアは微笑み、女の手を取って手の甲にキスを落とす。その手はすでに冷たい石に戻っていて、女は体を軋ませながら動いていた。
しかしそこで、レイシアは自分の手首と足首に太く頑丈な鎖がぶら下がっているのに気づく。
「ああ、そうでした。」
さっきもこの女神に鎖を天井と床から外してもらったために、まだついていたのだ。そこでレイシアは、
『ナグム』
とつぶやく。
すると、レイシアの目の前に炎の塊がいくつか現れ、それが手首と足首につけられた枷を溶かしていく。レイシアを傷つけることなく。
すべての鎖が外れたところで、レイシアは手首をさすりながら目を閉じて考え込む。その間に、遠い牢獄の入口の方から兵士たちの慌ただしい声や足音が聞こえてきて、レイシアは目を開くと横目でそちらに目をやる。
「さてさて。どうしましょうかね〜。」
緊張感のない声でそうつぶやいて微笑むと、レイシアは頭の中で小さく石の女神に命令を出す。女神は軽くうなずくと、また泥になって床に消えて行く。
さらにレイシアの身体もゆっくりと泥のようになった床に沈んでいき、しだいに全身が消えていく。
「さあ、追いかけっこの始まりですよ。」
そうつぶやくと、もうそこには石の床が広がっていた。