zinma Ⅲ
残酷な現実
古びた扉が軋む音が響く。
「……兄さん……………?」
ティラはゆっくりと扉を開いた。
久しぶりの家。
懐かしい家。
家族との思い出がつまった家。
「……………。」
しかしそこには、やはりティラを笑顔で迎えてくれる人はいなかった。
声をかけてみても、だれも返してくれない。
静寂だけが、ティラを待ち構えていた。
「兄さん……?」
無駄だとはわかりながらも、もう一度ティラは声をかけてみた。
部屋は物が散乱していた。
あの日と変わっていない。
あの日。
気がついたら兄さんがいなくなっていて、ただ暴れ回ったかのように散らかった部屋の中に取り残されていたあの日。
「………。」
やはりだれもいなかったその部屋に、ティラは静かにうつむいてから、部屋の中心へと静かに足を進めた。
倒れた机と椅子をひとつ起き上がらせ、その椅子にゆっくりと腰掛けながら部屋を見回す。
そして机に肘をついて、目の前の柱を見つめた。
柱につけられた、身長の印。
毎年、柱に背中を合わせて、ナイフで身長の高さの場所を削っていた。
一番高いところにあるのは、去年の兄さんの誕生日につけた印。
その頭ひとつぶん低い場所につけられた印は、去年のティラの誕生日に、兄さんがつけてくれた印だった。
わずかに、希望を持っていた。
この街へ駆けながら、あの日突然奪われた小さな幸せが、もしかしたらまた息づいているのかもしれないと。
家に戻ったら、この悪夢は終わっているのではないかと。
家の扉を開けたら、夕飯のおいしそうな匂いがして。
ただいまって言ったら、台所にいる兄さんが驚いたように振り向いて。
焦ったようにティラのもとへ駆けてきて、両肩を優しく掴みながら、言うのだ。
泣きそうな、怒ったような顔で。
どこに行ってたんだって。
心配したんだぞって。
怪我はないのかって。
でも最後には、ティラを強く抱きしめて、頭をなでてくれるんだ。
そして優しい、いつもの優しい声で言ってくれる。
おかえりって。
ティラは頬に熱い雫がつたうのを感じて、机に顔をうずめた。