zinma Ⅲ




「……兄さんっ。離して、お願い。
覚えてるでしょ?
昔この街に住んでたレイシア・リール。
彼が外にいるかもしれないの。
だから…………」



そう言うティラを見て、マイルは顔をしかめた。


その顔を見て、ティラは思わず身体を強張らせる。



兄のあんな顔は、見たことがなかった。


いつも優しげに微笑んでいるはずの目が、今はなぜかひどく歪んでいる。




「…………ティラ。よく聞け。

レイシア・リールに関わってはいけない。彼は危険だ。悪魔なんだよ。

いま街の人たちは彼を追い出すために集まってる。

彼とどこで再会したか知らないが、忘れるんだ。いいな。」



聞いたこともない兄の低い声に、ティラは固まったまま動けなかった。


兄はだれよりも正義感が強かったはずなのに。


そんなひどいこと…………




「……で、でもね、兄さん。

確かにさ、レイ兄はさ……、不思議なところがあるけどさ、そんな悪魔なんかじゃ………」


「ティラ…………」


「ううん。レイ兄には正直怖いなって思うところもあるけど、そんな悪魔じゃないと思うの。

根は優しいの。

だから、だから今外に助けに……」


「いい加減にしろっ!!!!」



突然の怒鳴り声に、ティラは声をのどへひっこめた。

目を見開いて、恐怖のこもった瞳で兄を見上げる。



ひどく興奮した顔でティラをにらみつけている兄。



怒鳴られたのははじめてだった。


どんなときでも、なだめるように叱ってくれた兄なのに。




おかしい。


兄さんが、おかしい。






「……はあ……。ティラ、いい加減にしろ。
彼は危険だ。忘れるんだ。」


少し苛立たし気な兄の声に、ティラは思わず一歩後ずさった。



「ティラ?」



自分の名前を呼ぶ声さえも、普通ではないように聞こえる。



「どうした?」



いつの間にかひっこんだ涙。


目を見開いたまま瞬きを忘れていた瞳が、渇いてきて少し痛む。


頭痛までしてきた。




「ティラ。どうしたんだよ。」




なぜかレイシアの声が頭に響く。


頭痛のように、鐘のように頭に鳴り響く。








< 330 / 364 >

この作品をシェア

pagetop