zinma Ⅲ
「……兄さんっ。離して、お願い。
覚えてるでしょ?
昔この街に住んでたレイシア・リール。
彼が外にいるかもしれないの。
だから…………」
そう言うティラを見て、マイルは顔をしかめた。
その顔を見て、ティラは思わず身体を強張らせる。
兄のあんな顔は、見たことがなかった。
いつも優しげに微笑んでいるはずの目が、今はなぜかひどく歪んでいる。
「…………ティラ。よく聞け。
レイシア・リールに関わってはいけない。彼は危険だ。悪魔なんだよ。
いま街の人たちは彼を追い出すために集まってる。
彼とどこで再会したか知らないが、忘れるんだ。いいな。」
聞いたこともない兄の低い声に、ティラは固まったまま動けなかった。
兄はだれよりも正義感が強かったはずなのに。
そんなひどいこと…………
「……で、でもね、兄さん。
確かにさ、レイ兄はさ……、不思議なところがあるけどさ、そんな悪魔なんかじゃ………」
「ティラ…………」
「ううん。レイ兄には正直怖いなって思うところもあるけど、そんな悪魔じゃないと思うの。
根は優しいの。
だから、だから今外に助けに……」
「いい加減にしろっ!!!!」
突然の怒鳴り声に、ティラは声をのどへひっこめた。
目を見開いて、恐怖のこもった瞳で兄を見上げる。
ひどく興奮した顔でティラをにらみつけている兄。
怒鳴られたのははじめてだった。
どんなときでも、なだめるように叱ってくれた兄なのに。
おかしい。
兄さんが、おかしい。
「……はあ……。ティラ、いい加減にしろ。
彼は危険だ。忘れるんだ。」
少し苛立たし気な兄の声に、ティラは思わず一歩後ずさった。
「ティラ?」
自分の名前を呼ぶ声さえも、普通ではないように聞こえる。
「どうした?」
いつの間にかひっこんだ涙。
目を見開いたまま瞬きを忘れていた瞳が、渇いてきて少し痛む。
頭痛までしてきた。
「ティラ。どうしたんだよ。」
なぜかレイシアの声が頭に響く。
頭痛のように、鐘のように頭に鳴り響く。