zinma Ⅲ
マイルが真っ黒に輝く右手を掲げる。
あの兄とは思えないほど冷えきったその顔を見上げ、ティラは自分の肩を抱いた。
恐ろしくて、逃げることもできない。
自分の意思とは関係なく膝が崩れ、床へと尻餅をつく。
また記憶を抜かれるのか?
そう思うと、言い知れない恐怖に襲われて、ティラは両手で頭を押さえる。
ぎゅっと目を閉じ、ただただ祈った。
レイ兄。
バンッ!!!
大きな物音に、ティラはびくりと肩を震わせた。
何も起きないのを確認して、恐る恐る目を見開くと、
「れ、レイ兄…………?」
少し眉をひそめたレイシアが、そこに立っていた。
暗い部屋に差し込む光りを背後から浴び、ドアを開けた勢いでゆれるプラチナ色の髪が輝く。
レイシアは一瞬ティラの姿を見つめると、すぐにマイルの背中へと視線を向ける。
マイルはゆっくりと振り向いて、ティラへ向けた真っ黒の手を隠すように降ろす。
「…………ああ。レイシアだね?
久しぶり。」
いつものような優しい微笑みを浮かべ、マイルが笑う。
レイシアは目を細めてマイルをにらむように見ながら、一歩部屋へ踏み出す。
「お久しぶりです、マイルさん。
ですが今は…………」
「君が『神の犬』だね?」
レイシアの緊張したような声を遮り、マイルがよくわからないことを言う。
状況について行けずティラが目を丸くしていると、レイシアがマイルをにらみつけたまま指先で小さくティラに合図する。
それにわからずにいると、
「……なるほど。
それを知っているということは、あなたはかなりあなたの中の人と仲良くなったようですね。」
「まあね。
彼は僕にいろいろ教えてくれたよ。
『神の犬』のことも。
まさかあんなに昔に死んだと思っていた君が、そうだとは思わなかったけど。」
そんな会話がつづく。
しかしそこでレイシアの手が、こっちへ逃げろ、と言っているのがわかって、ティラは立ち上がろうと身じろぐ。
「とにかく、あなたは自分が何をしているのかわかっていない。
その『呪い』をこれ以上使うのは危険です…!」
「そう思うのなら、僕から今奪ってみればいいじゃないか。
まあ、君がその傷で今戦えるかは別だけどね。」
そのマイルの言葉に、ティラは弾かれたように顔を上げる。
すると、さっきは逆光で見えなかったレイシアの顔が今ははっきりと見えて、その額からすごい量の血が流れているのがわかる。