zinma Ⅲ
それに思わずティラが悲鳴を上げそうになる口を手で押さえる。
あの傷はまずい。
今すぐ血を止めないと……
「………あなたの言うとおりでしょうね。
この傷では、戦えない。」
なぜか微笑んでレイシアが言う。
それにマイルが怪訝そうに目を細めると、
「普通の人間なら、ですが。」
そのレイシアの囁きが、なぜかマイルの耳元で聞こえる。
すぐさま驚いたようにマイルが振り向いたときには、レイシアの蹴りを顔に受けてマイルは横へ吹っ飛んでいた。
すごい音をたてて家の壁へ突っ込んだマイルにまたティラが悲鳴を上げそうになるが、途端にだれかに腕を強く引かれる。
いつのまにかティラのそばに来ていたレイシアがティラの腕をつかんで、すごい勢いで家から飛び出した。
レイシアに引かれてやっと走りながら、ティラは一度だけ家を振り向いた。
家具や壁のかけらからゆっくりと起き上がり、マイルは痛む頭を押さえた。
部屋にはもう2人はいなくて、外から数人が駆けていく音が聞こえてくる。
「……………逃げたか…………」
小さくそう囁いて、マイルは虚ろな瞳で何もない空間を見上げた。
頭の中で、だれかが騒ぐ。
あの悪魔と契約をして以来、ずっと頭に鳴り響いている声。
ただただ人を殺したがっている声。
「ティラ……………」
ぽつりとそうつぶやくと、涙が一筋頬をつたうのがわかる。
自分がこれからどうなるのかはわかっている。
『神の犬』が現れた以上、もう運命は決まっている。
いや、契約したときから、自分の人生はすべての道筋が決まっていた。
だから。
だからせめて、この世に唯一残った僕の希望だけは。
妹だけは。
「…………ティラ…。お願いだから、逃げてくれ………。」
まだ溢れ出ようとする涙を押さえるように、マイルは静かに瞳を閉じた。