zinma Ⅲ
「………あなたを連れて来たのも、ティラさんを助けたのも、失敗だったかもしれませんね。」
その言葉にダグラスが驚愕した表情で顔を上げる。
さすがのシギも、切れ長の瞳だけを動かしてレイシアを見る。
レイシアはダグラスを静かに見下ろし、考えの読めない深い色合いの瞳でダグラスの瞳をえぐるように見つめた。
「あなたはどうしても情に流されすぎる。
それがあなたの良いところでもある。
しかし私の旅には、それは大きな障害でしかない。」
ダグラスは言葉を失ってそれを聞いていた。
「あなたに見えている世界がどんなものかは知りませんが、ティラさんの今の状況は本当の世界の象徴でもあるんです。
彼の兄の姿が、人間そのものだ。
欲にまみれ、感情を持て余し、正義を翳しているつもりでも、その正義こそがただの自己満足であることを知らない。
世界の姿を見ただけで、あなたはどれだけ感情を揺らされてるんですか?
これからもっと酷いものを見るのに、今ここでつまずいてどうするんですか。」
あくまでも淡々と静かに話すレイシアに、ダグラスは一度強く唇を噛んでからうめくように声を出した。
「………情に流されるのがそんなに悪いことなのか?
それこそこういうティラみたいな立場の人間になんにも感じなくなったら、世界はおしまいだ。
日々のうのうと過ごしている人間ばかりの世界で、酷い運命をこうむる人たちの気持ちを考えないことのほうが無理だ。」
「ティラさんの例は特別ではない。
さらに言えば、そこにいるシギの境遇だって特別ではないんです。
それは彼も承知のことですよ。」
シギのほうへ目配せして言うレイシアの言葉に、シギも少し目をふせる。
ダグラスはそれに少し嫌悪のこもった瞳を細め、レイシアを睨むが、レイシアは全く動じず進める。
「彼は両親を王家に殺されたあげく、一族を皆殺しにされ、さらには両親はそれをきっかけに自分を守るべく『呪い』と契約した。
今もその身に両親から受け継いだ『呪い』の力を宿している。
しかしそれすら特別ではない。
世界にはそんな話が溢れている。
だから彼だって、ああやって真っすぐに前を向いて歩いているんですよ。」
静かに火を見つめるシギの横顔を見つめ、ダグラスは次は少し悲しみのこもった瞳で、目を細める。