zinma Ⅲ
「なあ、シギ。」
静まりかえっていた中に、突然ダグラスの声が響く。
深い思考から一気に引き上げられ、それに合わせるようにしてシギは顔を上げる。
いつの間にか顔を上げてシギを見つめていたダグラスの瞳からはいつもの温かみが消え、空虚に満たされていた。
シギの瞳を一度見つめ、ダグラスはひとつひとつ言葉をこぼしていく。
「………俺には……俺には確かに、この旅は向いていないのかもしれない。
レイシアやシギのいる世界が、本当にティラみたいな人間ばかりなのだとしたら……
俺は耐えられない。」
ダグラスはまたうつむいてティラの寝顔を見つめる。
30代の男の横顔は、火に照らされているからかそうではないのか、いつもよりも若返り、悩む若者のように見えた。
「いまいちレイシアの言う世界が、俺にはわからないんだ。
俺は聖騎士軍でたくさんの戦場を見てきたから、他の人間よりは世界の汚い部分を知っていると思う。
だが、俺は美しい夕焼けや、青い空や、清々しい風を感じて、世界を美しいと思わずにはいられない。」
ダグラスは顔を上げて、またシギの瞳を真っすぐに見つめる。
その瞳はさっきよりも、強い光が宿っているような気がした。
「シギも……お前も、レイシアと同じように、世界をもう美しいとは思えないのか?」
シギはそこでダグラスから視線を外し、火を見つめる。
「…………さあ、わからない。
私が見てきた世界というのは、北の閉鎖された山の故郷と、あとは師匠とすごした『呪い』を相手にする旅だけです。
私の中の世界は、はじめからそれだけでしかないから……。」
火の中で、薪が一本、音をたてて折れる。
「だから、私はこの旅になんの疑問も抱かない。
いや、一度は今のあなたと同じように、師匠に旅への同行を再認識する機会を与えられました。」
視界の端で、ダグラスがうつむくのが見える。
「ああ……お前の恋人のことか?」
ダグラスのつぶやきともとれる言葉に、シギはうなずく。
「彼女とずっといっしょにいたいと思った。
でも私は旅を選んだ。
なぜだかは、私にも今になってもわからない。
だが、後悔はしていない。」
シギはまた顔を上げ、ダグラスを見つめた。