zinma Ⅲ
「いましたね。」
屋根の上を次から次へと駆ける中、レイシアのそんなつぶやきにシギは目をこらした。
すると、視線の先、しばらく進んだ屋根の上に、屋根にしゃがんで下を覗くマイルの姿があった。
身体を緊張させ、四肢に意識を浸透させていく。
昨日のマイルの様子からすると、かなりの力を有しているように思えた。
レイシアの正体にも気づきながら、しかし毅然としていた態度。
目を細め、その赤みがかった茶色の髪の青年を、にらむ。
しかし。
「早かったじゃないか、レイシア。」
マイルのいる家の屋根に踏み込んだ瞬間に振り向いた彼の口から発せられた言葉は、意外にも親しげなものだった。
さらにレイシアまでもが、
「あなたのおかげです。
ブルゴアには察知されず、しかし私にはわかる程度の気配を出してくれてましたからね。」
と微笑んで答えて。
それにシギが動揺するが、ふたりはそんなシギに気を配る様子もなく、会話を続ける。
「ブルゴアは今どこに?」
「ああ、あそこ。」
「見つけたのに襲わなかったんですね。」
「あはは、今行こうと思ってたんだよ。」
「待ってていただけたんですね。」
「約束したからね。」
ふたりは口調は軽くとも、目はしっかりと街路を進む豪華な馬車をとらえていた。
ふたりの様子をしばらく呆然と見つめていたシギも、なんとなく、状況を理解することができた。
レイシアとマイルはおそらく昨晩のうちに接触していて、どうやったのかわからないが、レイシアはマイルを説得したのだろう。
ブルゴアを引きずり出すという目的が同じである以上、今は協力している、といったところだろうか。
「……………。」
そこまで考察して、シギもレイシアの横へと歩みよって身をかがめた。
そして、横目でふたりの横顔を見つめる。
真っすぐな瞳をしていた。
自分がこのあと消えることがわかっていながら、今を生きている者。
それは、ふたりに共通していた。
マイルも、レイシアも。
人はもちろん、いつかは死ぬ。
シギだって、いつか死ぬことは理解している。
しかし、いつ、どこで、どんなふうに死ぬかなんてわからない。
いま突然死ぬかもしれないし、もしかしたら100年生きるかもしれない。
だが、自分の死が漠然としている以上、自分は自分の命を永遠であるかのように感じることができる。
しかしこの二人は。
はっきりと、目の前に死をひかえているのだ。
それも、まるで死を追い求めるかのように、生きている。
死ぬための、人生。
それが、『生きている』と、言えるのだろうか。