zinma Ⅲ
「師匠!!どういうことですか!!」
馬車からずいぶん離れたところまで走ったところで、シギはそう声を荒げた。
何もなかったかのようににこにこと微笑んで歩みを進めているレイシアに、シギは噛み付く。
「あの馬車の中!
あれは人間だ。人が運ばれているんです!
師匠はそれがわかっていたんですか?」
シギは声を少しずつ落ち着かせてはいるが、それでも抑えられない怒りが垣間見える。
「師匠は彼らの家族が殺されたと言っていた。
どういうことなんです?
彼らはどこから連れて来られたんです?
どこへ連れて行かれるんですか?」
そこまで言ってシギはとうとうレイシアの前に立ちはだかって歩みを止めさせた。
レイシアに向き合い、底の見えない不思議な色合いの瞳を見つめる。
「師匠。これは………」
「落ち着いてください。」
静かだが圧力のある声でレイシアはシギの声を遮る。
それにシギが黙ると、レイシアは辺りの視線を気にするように一度まわりを見回してから、シギを見つめて静かに言った。
「言ったでしょう?
世の中は醜いと。
これからあなたはそれを見ると。
あれがそうです。」
あの光景にまったく動じていないらしいレイシアの口調に、なぜか悔しくなってシギは唇を噛んだ。
レイシアは空虚な、底のない瞳で目の前のシギを射抜くように見つめた。
「あなたはたまたまこれまで美しい世界の中でのみ生きてきましたが、ある別の人生を歩んでいる人たちからしたら、あれが普通なんです。
弱小民族ほど、いつかはああなることを予想し、あきらめて生きている。
なぜか。
そういうものなんですよ。」
そこでレイシアは一息つき、シギの揺れる金色の瞳を見透かすように見つめると、少し声をひそめて淡々と言う。
「あれはあの兵士たちがどこかの村からさらってきた女と子供です。
彼らはこれから王都の貴族のもとへ連れて行かれ、売買される。
そのあとの彼らの運命はさすがのあなたもわかるでしょう?
あんなことはよくある話なんです。」
そこまででレイシアは言葉を止める。
もうずいぶん王都に近づいた街道では、さっきよりも増えた旅人たちが2人の言い争いなどまったく聞こえないように騒がしく行き来していた。
その中でシギだけが苦しげに顔を歪めている。
「普通……?
ですが、そんなに簡単に人の命が………」
「簡単なんですよ。」
レイシアは無表情ともとれない涼しいが底のない顔をして、はっきりと言い放った。