聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~
 周囲で試験を窺っていた生徒たちが、顔を青くする。少年は呆然としたまま、その場を動かない――――…


 悲鳴が上がったその瞬間、違う方向から何かが風を切って駆け抜けた。遅れて、リオが蹴った大樹が一瞬にして燃え朽ちる。それとほぼ同時に、その木がいきなり姿を消した。


 思わず眼を瞬かせ、何かが飛んできた方向へ視線を走らせる。そこに、試験官のひとり、ルチルが相手をしていた少女が膝をつく傍で杖を構えていた。もちろん、少女は既に戦意を喪失しており、その杖が彼女に向けられているわけでもないことは明白である。


「リオ。いい加減になさい。いくら自分の得意分野で戦えるからといっても、限度があるわ」


 厳しい色を孕んだルチルの言葉に、リオは苦笑する。


「ルチルさんが鮮やかに木を燃やしちゃいましたけど、一応ちゃんと対策は練ってあったんですよ? ほら、見たでしょう? 木が姿を失うとこ。あれ、木が作る元素を一瞬で作り変えて大気にしちゃう薬を開発したからなんですよ」


「………それを使うのなら、もう少し早くなさい。こちらが見ていられなくなるくらいまで静観なんてするものではないわ」


「以後気を付けます」


 ―――なんだかとんでもない会話を聴いた気がしたが、サリアの視界に呆然と立ち竦む少年が友人に連れられ、フィールドを離れていく姿が映った。流石に、あれ以上の戦闘は無理だと誰もが理解したのだろう。


 ルチルの方も、新たな挑戦者に不敵な笑みで既に戦闘を始めていた。二刀流の青年が繰り出す剣技と魔法の連続攻撃に、蝶が羽音も立てずに飛び立つかのように華麗且つ軽やかに躱していく。攻撃が一度も当たらないことに苛立っているのか、だんだんと大振りになっていく彼の攻撃は、隙を生み出すことに繋がる。結果、ルチルに鮮やかな蹴り技を決められ、伸されてしまった。


 リオの魔法薬は生徒の予測をはるかに超えるとんでもない現象を起こして恐怖を煽り、アイテムを使わずとも、優れた回避能力ですべてを躱し、体術で生徒を倒してしまうルチル。どちらも、試験官として生徒を試す実力は申し分ない。


 残るは副学長のバーンズだが、個人的に彼と交戦はしたくない。しかし、もしもの事態を事前に言われていたこともあって、サリアはさりげなく視線をそちらへ滑らせた。
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